さようならを言う方法
「ブリザガ!!」
リノアの右手の先に一瞬骨まで凍るような冷気が密集し、次の瞬間それは巨大な固まりになって目の前の魔物を討った。細胞が壊死するまでのひどい凍傷を起こ した右腕の激痛に、赤い火竜「ルブルムドラゴン」が体の底を震わせるような雄叫びを上げて彼女に襲い掛かる。しかし彼女は慌てもせずに、今度は左腕を前に 出すとそのまま言った。
「アレクサンダー召喚!」
目の前まで迫っていたその赤い巨体が異空間へと消え、一瞬の後に戻ってくる。もちろん大層な深手を負って。立ち上がることももうままならないような状態 に、リノアは思わず眉をひそめる。
しかしやらなければ自分がやられる。ただでさえルブルムドラゴンは強敵だ。弱っても「ブレス」の破壊力は健在だろう。自分がやられたら、自分の後ろで震え ている二人の少女も生きては帰れない。油断さえしなければ大丈夫だ。自分は「魔女」なのだから。
リノアの頭の中で様々な思いが渦巻く、鋭い爪の連続攻撃を素早くかわしながら最も早く片を付ける方法を考え続ける。
ここまで痛めつければ、うまくいけばあと一撃で倒せるだろう。鋭い尾の斬撃が後ろの木々をなぎ倒す。
「ごめんね。」
リノアは小さく呟くと両手を天にかざした。ルブルムドラゴンは突然攻撃を止めて、リノアの腕が上げられた遠い空を見上げる。「彼」の骨まで凍ってしまった 腕は動くうちに砕けてしまったようで、もうそこには何も無い。周りの残った林にも、ただ彼の血痕だけが飛び散って凄惨な状態である。
出来れば少女達にはここまでの戦闘は見せたくなかった。しかし自分の手が塞がった状態で、二人に魔物が住む森を歩かせられない。ルブルムドラゴンという強 敵でなければここまで残酷な戦闘は避けられたかもしれない。リノアは後ろをそっと振り返って、お互いを抱きしめあって恐怖に耐えている二人の少女達に努め て明るい声をかける。
「目を閉じててくれるかな。大丈夫。次に目を開けたら、怖いことなんか何も無いからね。」
がくがくと首を縦に振る少女達は、涙に潤んだ瞳をきつく閉じる。頼るものは今目の前にいるリノアだけだ。まだ大人になりきらない体の、幼さの残る声の女性 だけだ。
リノアは二人が本当に目を閉じたのを確かめると、ルブルムドラゴンに向き直る。
彼は、首を上に向けたまま静かに目を閉じていた。
リノアはそれを見ても泣きはしなかった。
ごめんね
目を閉じててくれるかな
大丈夫
次に目を開けたら
「・・・さようなら。」
怖いことなんか何も無いからね
リノアの目の前には一瞬で凍りついた彼の姿。内臓も筋肉も血も、一瞬にして凍らせた。一陣の風が柔らかく林を通り抜け、凍った彼を細かな氷の粒にして運ん で行く。
リノアは細く息をはくと目を閉じてそっと彼を乗せた風を感じる。しかし次の瞬間、ガサリという茂みをわける音が聞こえて彼女はゆっくりと振り返った。震え ていた少女達はその音に驚いて目を開き、体をまた強張らせる。
「・・・リノア。」
鍛え上げられて引き締まった体の美青年が、少し辛そうな顔をして現れた。リノアはほっと息をはくと少女達に体ごと向き直って言う。
「大丈夫よ。彼は私の恋人なの。素敵、でしょ?」
少女達はその言葉に安心したのか、また力を抜くと呆然とリノアを見つめる。リノアはその視線に苦笑してから、自分にそっと手をあてがうと小さな声で回復魔 法を唱える。そしてゆっくりと少女達に歩み寄ると、そっとその頬に触れた。パリン、と空間が響くような音がして彼女達の体の擦り傷が跡形も無く消える。
「ありがとう、ございます。」
「ううん。・・・それよりも、ここは危険だから来てはいけないってお母さんに言われなかった?」
少し落ち着いた彼女達は少し罰が悪そうな顔になると、小さく呟く。
「綺麗な花がこの辺りに咲いてるって聞いたから、どうしても我慢出来なくて・・・。」
「うん。」
リノアは心底辛そうに胸を押さえた後、軽く二人の頬を打つ。スコールは目をそらさずにその状況を見ていた。
「馬鹿。・・・私、次は助けないからね。」
否、彼女は何度でも助けるだろう。
スコールは静かにそう思う。そしてそれは、彼女を誰より深く知る彼にとっては自明のことだった。
「お話は終わったから、今のうちにそこの道に立って。そこを歩いていればモンスターに気付かれないの。村に続いているから、少し遠いけど行きが来れたなら 大丈夫ね。帰りもちゃんと歩いて帰りなさい。」
二人は打たれた頬を押さえて呆然としていたが、しばらくすると黙って二人で道を歩き始めた。
スコールは後ろからそっとリノアを抱きすくめる。
「遅くなった。ごめん。」
「ううん、今来たトコ。」
リノアは彼の厚い胸に体を摺り寄せると、もっと強く抱いてと言うように腕を回した。
ここの近くにはルブルムドラゴンが多く住む洞窟がある。この辺りの村人はそれを知っているし、自分から近づかなければ大丈夫だと知っているから、小さな子 供達にもそう教える。
リノアは誰の血も流したくはないのだと、ずっと昔から言っていた。それは人間だけでなく魔物も含めてのことだ。しかし魔物は凶暴な者もいるし、月の涙で増 え続けるままにはしておけない。
「仕方が無いのよ。あの子達を守らなきゃ・・・だって私、人間だもん。」
リノアはずっとさよならを言う方法を考えている。
目を開けたらもう怖いことはないんだよ、そんな子供騙しの嘘でしか今はさよならが言えない。言いたくない。
先ほどの殺気を漲らせた彼女はもう何処にもいない。今彼女はただ恋人の胸に取りすがって泣く一人の少女だ。スコールはリノアの涙に濡れた頬に何度も口付け をすると、今度は優しく唇を重ねる。
戦うことが当たり前の世界で、彼女が始めて口にした「戦うことへの恐怖」や「血を流すことへの疑問」は甘えだろうか。
しかしその「甘え」が、何よりも彼女の仲間や自分の心を癒したということを彼らは知っている。
リノアはスコールからのキスを喜んで、子供のように無邪気に笑い始める。
くすぐるようなまぶたへのキスを続けて彼女を甘やかしながら、スコールはそっと視線を少女達が歩いていった道の方へ向けた。
手を繋いで歩いて行く少女達の背中には軽やかなメロディーがよく似合うのだとスコールは改めて気付き、リノアをより強く抱いた。
END