今日という日が暑いわけ
「ドスケベ。」
リノアはスコールの部屋に入るなり、部屋の主にそう言い放った。スコールはそのあまりの言葉に驚いて言葉が出なかったが、時間をかけてようやく意味を噛み 砕くと心外だというように腕を組んで言い返した。
「理由も無く、そんなことを言われる筋合いはない。」
しかしリノアは自分もスコールのように腕を組むと、右手に持っていた大き目の封筒から雑誌を取り出しそれをヒラヒラと振った。ドギツイ桃色の表紙にスコー ルはあらかたの予想が付き、いつも困ったときにする様に額を押さえる。これは彼の長年の癖だ。彼という人間は自分の内面を安易に読まれることをひどく嫌う ため、この癖は彼の心のうちを知る数少ない特徴である。
リノアはスコールの様子を見て面白そうに笑うと、彼のベッドの上にぺたりと座り込んだ。そして静かにその本を広げる。
「うわー、すごーい。」
スコールはとりあえずドアに鍵をかけると、何気なくを装ってその本を盗み見る。ビーチに寝転んだ豊満なバストの女性が、悩ましげな表情をしていた。そして またため息。
リノアが次々にページを繰る中、スコールはリノアの横に座って読みかけの文庫本を開いた。
「これ、スコールのデスクの中で見つけたんだよ。」
「そうだろうな。」
「忘れてた。はい、これ頼まれてた書類。」
「ああ。悪い。」
本を正せばスコールが事務室の自分のデスクに書類を忘れ、丁度事務室に行く用事があるといったリノアに鍵を渡して取って来て欲しいと頼んだのだった。そう たいした書類でも無く、一番上には「食堂のパン増量案」と記されている。万が一ガーデン外に持ち出されても何の役にも立たない。
「ゼルが反対してるの、何で?」
「張り合いが無くなるとか言ってたな。」
「ふ〜ん。その前に食べれてないのに張り合いって言ってもね〜。」
パラパラとページが捲られるたびにポーズを変えていく本の中の女性。本を見ているのが女性だとも知らずに、誘惑しようと色気をふりまいている。リノアはス コールの膝の上に頭を乗せて、またページを繰り始めた。
「これ、スコールの?」
「……ああ、だが任務のためだ。これ以上はいえないが、嘘じゃないぞ。」
任務のため、言い訳も満足に出来ないスコールにリノアは苦笑した。スコールの足に頬を摺り寄せた後に彼を見上げる。
「そうだよね〜。」
スコールはリノアの頭を上から押さえつけるように強めに撫でる。照れ隠しだと分かっているから、リノアは痛いと笑いながらそのままでいた。本がリノアの手 から滑り落ちて、床に広がる。本の中の「皆のカノジョ」はどのページも魅惑的な表情で「リノア」を誘っている。
「ごめんね。私にはスコールがいるのよ。」
それをいうなら「スコールには私がいる」のではないか、と彼が少し不可解な顔をする。リノアは起き上がって本を拾い上げると、静かに本を閉じた。
「この子があんまり可愛い顔でリノアちゃんを誘惑するからちょっとなびいちゃったんだよね。」
そのままデスクに「その子」を置くと、静かにスコールの膝に座る。彼は読みかけの文庫本をベッドに無造作に放り投げると、リノアの細い体に腕を回して後ろ から抱きしめた。彼の腕の中で一番落ち着く姿勢をとろうとリノアが少し身じろぎする。
「今度海行ったら同じポーズするね。スコールを誘惑できるように。足をああやってこうやって。」
「そんなこというと、今年は海に連れて行かないぞ。」
嘘ですよー、とリノアは足をスコールの足に軽くぶつける。スコールは一瞬想像してしまったあられもない彼女の姿を振り払うように目を強く瞑った。
二人の大きさのかなり違う足が、ベッドから伸びて揺れる。
「あの子可愛いねぇ。」
「誰だ?」
「あの本の子だよ。」
「?……そうか?というか、その話もうやめないか?」
リノアを後ろから抱きしめて、彼女の肩にスコールは頭を押し付ける。ノースリーブから出た彼女の白い腕は、小まめなスキンケアの成果かまだ日に焼けてはい ない。そんなリノアの腕が、後ろ手にスコールの頭を撫でた。
今日は初夏にも関わらず珍しく涼しいため、冷房も着けずに窓を開け放している。自然の風で十分室内にいられるからだ。
「私って愛されてるなー。」
「俺、何かしたか?」
クスクスと笑って、リノアはスコールにもたれかかる。
(だってあんなに可愛い子がえっちぃポーズでスコールをずっと本の中から誘惑してるのに、スコールが逆に彼女に嫉妬してるんだもん。)
リノアの笑っている意味が分からないスコールが眉根を寄せて微かに首をかしげる。
いくら涼しいといえど、初夏は初夏であり2人の人間が密着していれば暑いというものだろう。しばらくすると、リノアは少し暴れ始めた。
「うー、暑い。」
「あぁ、本当にな。」
しかしスコールは腕を放さない。嫌がるようなそぶりを見せても、リノアは抵抗するたびに強まる彼の力が嬉しくてわざと体を動かす。
離して欲しくないと離したくないは結局のところ同じ意味だと彼女は思った。
机の上には彼女のライバルであり、彼のライバルでもある「みんなのカノジョ」がいる。
結局のところ二人の間で絶え間なく循環する想いはもちろん、変なところでまで共有される意識もある。
まるで陳腐な恋愛小説の中の恋人達よりも、馬鹿馬鹿しいまでのリアルに満ちている。
だからいくら暑くてもこみ上げてくる幸せな感情の邪魔はできない。
今日という日が暑いのは、夏だから。
二人して馬鹿みたいにくっ付き合ってるから。
君が離したくない気分にさせるから。
END