Kissing Hearts









リノアにとって の「食事」とは二通りの意味がある。

「普通」の食事 の時、彼女は友人達と話しながら大概は楽しそうに食事をする。あんなにはしゃぎながらよく食べることが出来 るものだ、と関心する
ことさえある。それでいて彼女の食べ方は決して下品ではない。友人と喧嘩をしている時や嫌いな食べ物を目の前にる時は流石にその元気 は無
いようだが、それでも彼女が食事の時に下を向いて目を伏せて いることなど有り得ないのだ。

「普通」の食事 の時は……。

もう一つの「食 事」の際には、彼女はいつも少し辛そうに目を伏せる。その様子を彼女は上手に隠し ているつもりなのだろう。しかし不器用な彼女は
嘘がつけない。それはリノアの良い所でもあるのだが、その度に俺は訳も分からな い申し訳なさ でたまらなくなる。


「リノア、食事 は?」

「あ、ぅん…… 今はお腹空いて無いの。」


リノアには人間 の必要とする栄養素の他に、人間の生気と言われるものを定期的に取らねばならない。リノアが産まれて一年の間に合った様々な
出来事を通じ、俺は以前とは比 べて確かに丸くなったと思われる。前は他人のことなど気にもしなかったのに、今では友人と呼ぶことの出来る存在
も得た。人と深く関わるのを潜在的に恐れて いた俺の手を引いてくれたのはリノアだ。孤独に震えていた彼女に掴まれたその手の温もりに驚き、初
めは振り解こうと必死だった。だが気が付いたら彼女よりも強 い力でその手を握り返していた。彼女は少し痛がりながらも、幸せそうに微笑んでここ
まで導いてくれた。予期しない出来事の連続だったが、それで今が幸せな らば過去もそうであって良かったと思える今がある。


「食事なんだか ら遠慮なんかするなよ。」

「し、してない もん!」


彼女に生気を与 える方法は至って簡単だ。人間が彼女にキスするか、彼女が人間にキスするか。そうして初めて彼女は食事をとることができる。し
かし生気を吸い取られた人間 は死にはしないものの体力を奪われてしまう。彼女のとる食事はおおよそ一定量に決まっているが、多少の疲労は止
むを得ないだろう。しかし彼女が愛する者の 生気はそれ以外の人間の生気よりも数倍は大きく彼女の中に収まるらしい。だから俺は例え彼女に食
事を与えた直後でも、厳しい任務に余裕をもって臨むことが できる。


「スコール、ご めんね。やっぱりお腹空いちゃったよ。」


リノアがか細い 声で謝る。謝らなくてもいい。俺にとって全く苦では無いのに、むしろ彼女が苦しそうに目を伏せるのが辛かった。







理由が聞くに聞けなかったのは、恐れていた 答えがあったからだ。
俺は仕事で忙しい身であるし、元来自分の感情を言葉 にすることが大の苦手だ。彼女に寂しい思いをさせざるを得ない。愛想を尽かされてしまった
のか。だから食事の時に限らず、キスの時は辛そうに目を伏せるの か。俺の体力がもっているのは、優しい彼女が遠慮して食事をとっていないか
らではないのか。リノアがもう俺を想っていないのならば、俺の体力はリノアの食事で以前よりは多少減りが大きくなるだろう。俺の体にもリノアの体
にも変化は無い。それはまだ彼女が俺を想っていてくれるのかもしれないという希望でもあり、彼女が俺の他に想う相手を見つけて定期的に食事を
している絶望にも繋がる事実だった。


「……コール? ねぇ、スコール?」


不味い。そう思ったときには口にしていた。思考の海に沈んでいた俺は考える間もなく、ずっと聞けずにいた彼女の辛そうな顔の理由を尋ね ていた
のだ。


「どうして、キ スの時辛そうなんだ?」


言ってしまうと 胸に詰まっていたしこりが取れ、しかし激しい後悔の念に襲われた。うつ向いたリノアが発するであろう次の言葉を恐れて、俺は彼女
を抱き締める。二度と彼女 を抱けないかもしれない。もしそうならば死んだ方が良いと思った。


「スコール、ご めんね。ごめんなさい。私、申し訳なくって……。」

「リノア。」


リノアは俺の腕 の中で身じろぎし、軽く俺の唇に自分のそれを押し当てた。そんなことをされたのは初めてだった。


「スコール、ご めんね。」


彼女はもう一度 そういうと俺の肩に顔を埋めて深く抱きついてくる。そして言った。


「あのね、私、 スコールに申し訳なくって仕方が無かったんだよ。キスって好きっていう気持ちを表す素敵な儀式だよね。私はこんなにスコールのこ
とが好きなのに私のキスは 食事でもあって、素敵な儀式に何か不純物が混ざってるみたい。ただスコールにこの気持ちを分かってほしいのに、い
つもいつも……ねぇ、悲しくなっちゃうん だよ。私スコールの元気もらって生きてる寄生虫みたい。悲しくて、消えちゃいたくなるんだよ。」


リノアは泣いて こそいなかったが、泣き出しそうな目元のまま辛そうに笑う。それはここ最近、キスのときにリノアが見せる表情だった。どう言ってや
れば良いのか。言葉にす るのが苦手な俺では尚更うまくいかないだろう。ただリノアの胸中を思うと切なくなり、また小さく怒りの感情も沸き上がって
きた。
どうして。いつもいつも一番深い所にある思いだけを隠すんだ。
言ってさえくれれば、こんな俺でもくだらないと一笑して慰めてやれるかもしれないのに。


「リノアは、馬 鹿だな。」

「ぇ……。」

「大馬鹿だ、リ ノア。本当に。」

「ひど、い…… な。」


リノアは苦しそ うに胸を抑えた。俺は離れてしまった彼女をもう一度引き寄せる。


「スコール!離 して!もうやだ!」


泣きながら声を 荒げた彼女の顔を覗き込み、自分も怒りを抑えたような声で話した。優しくするような余裕は無かった。


「リノア、リノ アはキスが儀式だと言ったな。間違ってなんかいない。これは儀式だ。」


そう言うと、俺 は今までに無かった乱暴さで彼女の唇を奪った。リノアの肩がこわばり、腕に 力が加わったのが分かった。抵抗しようとする細い体
を全身を使って押さえ込む。


「こんな乱暴な キスだって。」

「スコー、 ル。」

「こんな軽いも のだって儀式なんだ。俺が・・・リノアを好きで、リノアが俺を好きだって言う確認の儀式だ。「食事」が不純だって言ったよな?この
儀式はもともと不純なん だ。キスするたびに、俺はリノアが欲しくてたまらなくなるんだ。」


キスを神聖視す るのは構わなかった。事実それは神聖なものだろう。だが「神聖な儀式である」キスが彼女を傷付けているのなら、そうではない
キスだってあることを身をもっ て教えてやりたかった。今だってリノアが欲しくて胸が痛くなる。こんな慰め方は、ありなのか?ショック療法といえば
まだ聞こえはいいが、自分の気持ちを押し 付けてるだけじゃないのか?しかし今は「それ」が必要なことなのだと何故か想う。





「スコールの方 が馬鹿だもん!」


唇を話した途端 に、リノアはそう言って今度は逆に口付けてきた。目を閉じないように気を付けて、赤く染まったリノアの目元を間近で見る。


「寂しいから、 ん、不安になるの!気付いて!」

「ん……気付い てる!」


痛いほど分かっ ている。ベッドサイドの壁にリノアの体を押し付けて、朦朧とした頭でやり返す。酸素不足のためか、リノアの目は潤んでいた。


「じゃあ、どう にか、してよぉ!馬鹿!ん……キスなんて、キスなんて嫌いだもん!」

「悪かったな! 俺は好きなんだ!」

「いつか私に食 べられちゃうんだから!」

 

 

 

ああ

 

 

 

「ああ、それも いいかもな。」

「ッ・・・馬 鹿!私だって本当はキスするの好きなんだからぁ!」


リノアの瞳から 遂に一粒涙の滴が溢れた。やはり俺はそれに弱いのだと、痛む胸が改めて実感させる。思わず頬に口付けて、言葉足らずな自
分なりに言ってみようと落ち着いて リノアを抱き直す。


「リノア、俺、 嬉しいんだ。いつも寂しい思いさせてるのは知ってた。だけどリノアは俺から離れたら生きてはいけないんだっていう気持ちで安心
してたんだ。」


リノアは俺にし がみついて泣いていた。ただ静かに。


「でも違うん だって思い始めた。キスの度にリノアが辛そうな顔をするから、不安になったんだ。」

「……スコール も?」


リノアは俺がベッ ドに寝転ぶと、しがみついた姿勢のまま寄り添ってきた。


「ああ。俺に愛 想尽かしたのかと思った。」


リノアは跳ね起 き、大きく首を振る。


「絶対そんなことないよ。」

「そうか、良 かった。・・・思わず理由を聞けばリノアはリノアで悩んでた。リノアのいう「儀式」で、お前の糧になることができて俺は嬉しい。それ
なのにお前は、それが 申し訳無い、あげくに自分は寄生虫だと言い始めた。」


そこまで言うと 何故か笑いがこみ上げてきた。なんだ、考えてみれば軽い思い違いじゃあないかと思わず苦笑する。だがその積み重なりがいつ
か大きくなり、埋められない隙間 を恋人という名の二人の間に作るのだろう。妙な程冷静にそう悟りながら、自分達は絶対にそうはならないと改
めて決意する。すれ違ってもいつかはきっと分か り合える。俺達には想いを確認しあう儀式があるのだから。リノアが力を抜いたのが分かった。
胸に預けられた小さな頭を、できる限りの思いをもって撫でる。


「スコール。」

「リノア、俺の 気持ちは変わらない。だからお前が俺のことを思ってくれる限り、俺はお前の糧でいられるんだ。そしてそれは他の誰にも出来ない、
リノアだけができる愛情表 現なんだ。だから俺は食事のキスでも普通のキスでも、リノアの気持ちが伝わってきて嬉しいんだ。」


リノアの目が一 瞬見開かれ、潤んだ瞳が更に水分を含んできらきらと光る。
綺麗だ。
口に出してリノアを誉めてやることは自分にはなかなかできない。俺にはうまい言葉を見付 けられない。だがリノアを綺麗だと思うのは本当で、俺
が彼女を好きな気持ちも本当なんだ。そしてそれはこれから先も絶対に変わらない。

 






きゅるるる

 






小さい音がし た。リノアが顔を赤くして座り込んでいたベッドに伏せる。その音に思い当た る 可能性を思い付いた途端、俺は笑いを噛み殺しきれ
なかった。


「クッ!」

「もう!やだ! 笑わないで!」


怒ったような 声。しかしリノアの顔は泣きそうな、嬉しそうな表情だった。


「喧嘩したから 余計に腹が減ったんだろ。「食事」にしようか。」

「……。」

「な?」

「う、うん!い ただきます!」


二人で顔を見合 わせて、多いに照れながら唇を合わせる。さっきはあんなにたくさん口付けたのに今更緊張して腕に力が入るなんて、やはりキス
は神聖なる儀式なのだと思った。リノアの髪から薫る甘い匂いが鼻孔を擽る。


「どうだ?腹一 杯か?」


リノアは頬を染 めたまま少しぼーっとしていたが、俺の言葉に大きく横に首を振った。


「?」

「胸が先にいっ ぱいになっちゃって、頂けなかったの。」


そう言ってリノ アが申し訳無さそうに苦笑いしても、俺の胸はもう痛まなかった。

これは儀式なん だ。
俺がリノアを好きで、リノアが俺を好きだという証明。
俺がリノアの糧に なる。



それがなんて幸せなことだろうと思い、俺はリノアにもう一度キスをした。








END