紅葉と数式と君









「あ〜・・・わかんない。」


紅葉した美しい木々に囲まれたガーデンの中庭で、リノアは参考書片手に悩んでいた。うんざりした様な溜め息を何度も漏らしつつ、しかしやめるわけにもいか ないので必死に頭を回転させている。学生の頃に家庭教師がいたときも、別段頭が悪いということも無かったはずだ。リノアはもう一度参考書を見直す。 SeeD候補生の候補生、というのが適当か。例によって年少クラスの子供達がらみである。どうしても解けない問題があると相談を受けたリノアは、早速その 問題を書き取って取り掛かり始めた。なんてことの無い数式だったのだが、式のシンプルさに反比例するような複雑な途中式ができあがった。そして出た答え は・・・


「いくら計算しても108.8にならない。」


というものだった。正解として記されているのは108,8だが、これがどうしてか出ない。解答には途中式が載っておらず、担当の教員は明日までトラビア ガーデンに出張である。その問題が気になっていた少年少女達は、声がかけやすくガーデンの人気者であるリノアに聞きに来た。もちろん勉強として、ではなく 謎なぞを出すような軽い気持ちでだが。


「う〜・・・なんでぇ?」


子供達は授業に戻ったが、リノアはまだ悩んでいた。気になると他のことが手に付かなくなる一直線な性格なのは自分が一番良く理解しているので、今日が休暇 で本当に良かったと思う。

そして正直、数式に悩んでいると学生の頃に戻ったような気がして少し楽しくもあった。


「リノア、何やってるんだ?」


中庭に通ずるドアを開けたのはスコールだ。仕事の途中なのか、ファイルを片手に持っている。リノアは自分の顔がほころぶのを感じながら答えた。


「あ、お疲れ。年少クラスの子達がこれ解いて、て持ってきた数式を解いてるの。」

「お前、年少クラスの問題も解けないのか?」

「失礼なぁ!これ問題が変なんだよ?やってみれば分かるって。」


リノアが座っていたベンチにファイルを下ろしたスコールは、差し出されたメモを受け取って考え始める。リノアは真剣な横顔に少々鼓動を早めながら自分でも 考え続ける。
上から落ちてきた紅葉した葉が彼女の頭にやさしく載った。それを手に取り、柄の部分を持ってくるくる回しているとスコールが肩を軽く叩く。


「出来た?」

「ああ。188,6か?」

「だよね。そう出るよね。どうやっても。」


スコールはリノアからまた差し出された今度は回答を書いたメモを受け取り、眉をしかめた。リノアは葉を片手に苦笑しながら彼を見た。彼の後ろに見えるのも 黄色や赤に紅葉した木々だ。


「これ、問題がおかしいな。」


スコールがそう呟き、もう一度問題と見比べる。リノアがメモを覗き込み、自分の書いた途中式に誤りが無いかを確かめた。スコールはやっぱり間違ってる、と 小さく呟いた後にリノアに向き直った。


「やっぱり問題がおかしい。ここの2が多分5の誤りなんだろう。」


リノアは納得したように頷き、スコールの手からメモを受け取った。ついでに彼はメモを指差して言う。


「リノア、ここの式は無駄だ。3,8xyで割れば後々楽だからな。」


リノアは自分の式を見直すと、確かに二度手間を踏んでいると理解した。スコールはまた指を滑らせると違う部分を指差す。


「それでここには定理が応用できるんだ。知ってるか?」

「あ!そっかぁ、あれ使うんだね。」


リノアは楽しそうに笑い、手に持ったペンで軽くそれを書き留める。彼女の書いているそれが自分の提案した公式なのを確かめ、スコールは可愛らしい小さくて 丸い文字を見て小さく笑う。


「お前、それ書き留めてまたやり直すのか?」

「うん?そうだよ。」


楽しげに手を動かす彼女を、スコールは見直す。視線に気が付いたリノアが顔を上げ、彼と目が合って微笑んだ。


「ね、私達普通の学生みたい。私ね、お父さんが家庭教師を雇ってたから学校っていうものが良く分からないの。」

「ガーデンは」

「知ってる。そんな甘いところじゃないよね。だけど……。」


リノアは小さなバッグからメモを取り出し、何かを走り書きした。スコールはいつの間にか膝に乗っていた紅い葉をつまみ、その葉脈の走り方を観察する。そう して彼女は自分の持っていた紅葉した葉を二つ折りしたメモに挟み、クリップで留めた。彼は横目でそれを見ながら、伸びた背筋を少しだけ緩めて次の彼女 の行動を待つ。


「はい、どうぞ。」


彼女が差し出したメモをスコールは受け取り、開こうとする。するとリノアはその手に触れて、待ってと小さく言った。
少し強い風が吹き、また新しい葉が一つ二つ地面に落ちる。


「子供っぽいごっこ遊びに少し付き合ってよ。一人じゃやっぱりつまらないもん。」

「学生ごっこ、か?」

「ご名答だよ。さて、次の授業に行こうかな。」


仕事用のファイルを両手で大切そうに持ち上げ、リノアはいたずらっぽく笑った。彼女が静かに立ち上がる横で、ちょうど次の会議の時間がやってきたスコール も紅葉した葉を片手に立ち上がる。もちろんもう片方の腕にはその資料が重々しく抱かれてはいるが。


「じゃあ、がんばってね。」


お互いの手を軽く触れ合わせての愛情の挨拶。ここは学校だから、節度は守らなければいけない。
まだ放課後じゃない。自分達の時間じゃない。だからその時間までは我慢して、学校生活を大人しくエンジョイしよう。この人無しでも。
全く、違うクラスってのも辛いね。

軽くお互いに手を振って、そして背を向けて歩き出す。彼の手にあった紅い葉は手紙と交換に彼女の手の中。
きっとすぐに無くしちゃうんだろうなあ。あなたからもらった小さな小さな葉。寂しくないよう絶対に無くさないものを頂戴。例えばあなたの心とか。


リノアからの手紙には彼女らしい字で数式のメモと一緒に「一緒に帰ろう。」、そう書いてあった。
挟まれていた小さな紅葉した葉が、彼の手の中で楽しげに風に揺れる。









END