さよなら、星座
四つ目
外跳ねをカールを
元気良く揺らして少女は走っていた。なんといっても学園祭。楽しまなくては損である。ガーデン中の空気をたまには換気してやらなくては、いつか
湿気が溜ってカビが生えてしまうような気がしていた。
準備は大変だったが、いろんなものを得ることができた上楽しかった学園祭も最終日を向かえ、初秋らしく以前よりも早めに空が夕暮れを伝えてきていた。
「セルフィー!!がんばってるねー!」
「おー!リノ
ア!!そっちこそ!」
上空から聞こえてきた声にセルフィが振り返ると、ガーデンの2階教室の窓から小さくリノアが覗いて
いた。
「実行委員ちょー様!後の休憩時間に校庭に来てくださーい!」
セルフィは言い出しっぺである上に、なにより立候補したので「学園祭実行委員委員長」という肩書きで働いている。SeeDと
しての任務に影響を与えることはで
きないので、準備に没頭できないまでも周囲と協力して学園祭を作り上げていた。
「いいよー!一緒にまわろー!」
大きく手を振ると、リノアは笑って手を振り返してくれた。セルフィはまた先に走り出す。サマーガーデンフェスタのラストナイトは、前々からの評判の通りに
「ロマ
ンチック・フォークダンス」で締めることになっていた。セルフィは楽しそうに笑う。
「えへへ、アーヴィンと一緒に踊るんだー。」
誰ともにもなく宣言して、セルフィは自分と友人と見知らぬ恋人達のために、「ロマ〜ンチック」な音楽と音響設備の確認をしに専用ブースに向かう。アーヴァ
イン
は最終日の昼間は学園祭外の任務で出払っているため一緒にはいられない。しかしラストナイトに仕事を(な
んとか)入れなかったのはセルフィとしても嬉しいこと
であった。
頬に浮かぶ笑みを押し殺しきることができず、セルフィは赤くなった顔を手うちわで扇いだ。その微笑みはいつもの元気なセルフィの笑顔とは少し違い、年頃の
女
の子らしい愛らしさに満ちている。擦れ違った一般の客が振り返り、彼女の人に元気を与える笑顔につられて小さく笑った。
「ブッ!……デ、デコピンね。」
「おっかしいで
しょ〜?まさかそんな可愛いことするなんて、ね。」
リノアは早速昨日の出来事をセルフィに話し始めた。リノアもセルフィも片手に林檎飴をもち、はしゃぎながら出店をまわる。偶然に休憩時間が重なった二人
は、学
園祭が始まって初めて一緒に遊んでいた。
「年少クラスの皆は何してるの?」
「輪投げやってる
よ。なんと、ボランティアのお手伝いもしてくれてるのだ!」
リノアが日の光に林檎飴をかざし微笑んだ。セルフィも昨日募金が目標金額に達したという報告を聞いていた。リノアは晴れ晴れとした顔でセルフィに、輪投げ
に行
こうと声をかける。セルフィは頷き、本当におめどとうと囁いた。少し乾いた風がゆっくりと二人の髪を撫でる。
「夏が、終わっちゃうね。」
「うん。」
リノアが言った一言に、セルフィが小さく返した。秋の風を否応無く運んできた空気に一抹の寂しさを感じ、リノアは楽しいながら微かに胸を痛ませた。楽しい
ときほ
ど、この楽しさがいつか終わってしまうのだという胸の痛みが伴う。そんなのに騙されて今の楽しさを味あわないのは愚かだと思いながらも、「今」の自分がい
られ
るのは「今」だけなのだと訳も分からないまま当たり前のことを寂しく思う。その寂しさは、大切な友人と一緒にいるときもだが、いつでも心は供にあるのだと
誓った
彼と一緒にいるときは顕著だ。その寂しさを埋めるため、「今」の自分にしか持ち得ないものを覚えていてほしくて貪欲になってしまう。
「でももうすぐ食べ物のおいしい秋が着て、リノアが楽しみにしてた映画が封切りになる冬が来て、来年の春にはまたリノアのことが大好きな年少クラスにたく
さん
仲間が来るよ。」
リノアはセルフィの手を握った。
「じゃあ、来年の夏は?」
「そうだなぁ、出
来たらまた夏祭りやりたいね。もしできなくても楽しいことなんて見付けようとすればいくらでもあるから、明日が楽しみになるんだよ。」
セルフィが輪投げを見付け、リノアの手を逆に引いて駆け出す。未来の保証なんて誰にも出来ない。
「だから、楽しいしおもしろいしがんばれるね。」
リノアは柔らかく揺れるセルフィの髪に視線を写し、楽しそうに笑った。
「それで、どうし
た。」
「セルフィがすっ
ごく可愛いキーホルダー取ってくれてね。お揃いだから一個貰っちゃった。」
モニター室の椅子に裸足で体操座りをしながら、リノアはくるりとキャスターをまわした。彼女はそうするのが楽しいらしく、一人で楽しそうに続ける。モニ
ターを鮮明
に見るためにほどよく薄暗くした部屋には、今スコールとリノアしかいなかった。
「リノア、異常は?」
「あったら言って
ます〜。」
モニター室の通信機が鳴り、スイッチが入ると供に警備に当たっているSeeDの声が聞こえる。
「こちら第二区域警備。異常ありません。」
「どうもご苦労様
です!」
「は!?ああ!リ
ノアさん!?」
リノアの声に一瞬息を飲んだ通信相手は思わず声を上擦らせた。スコールの眉間に深く皺が寄る。リノアはそれを感じながら、モニターを見回して告げた。
「こちらも異常はありません。」
「そ、そそそれは
何よりです!喜ばしい。」
何を訳の分からない報告をしているのだろう。スコールは通信しているSeeDは誰かと名簿に目を向
ける。今年のSeeD試験で合格した新米だと分かり、彼は報告
が終わった後も何故かまだ話しているリノアからマイクを取り上げた。
「こちらは、ほ、星がとても綺麗で。」
「ジェード、だっ
たか?」
「あ、司令
官!?」
赤から今度は蒼白になっただろうその顔色を思いながら、スコールは溜め息をついた。通信機の向こう側では事情を知るSeeD達
が好奇の目で見ていることだろ
う。薄暗いモニター室にリノアと二人きりにした同僚達の楽し気な表情が憎らしい。感謝されてもいいくらいだと言い返されそうだが、リノアに通信させる度に
自分が
こうも気分を害していては始まらない。
「星が綺麗だそうだが、目の前の状況も良く見ることだ。通信終了。」
「すみません!
つ、通信終了。」
プツリという音がすると同時にスコールはリノアを引き寄せた。椅子に座ってその長い足を開き、その間にリノアを座らせる。
「あーあ。」
「……何だよ。お
前も仕事手伝いに来てるんだろうが。ただの連絡係と言っても任務なんだからちゃんとしろ。」
「スコール、この
体制で言っても説得力無い。しかも任務をただの連絡係とか言っちゃ駄目じゃない。」
音をたてるように彼の頬に口付け、リノアはわざと頬を膨らませる。スコールはぶぜんとしていた表情を多少は緩ませ、モニターを見ながら次の通信を待つ。
「スコール、星が綺麗なんだって。星座もくっきり見えるんだろうね。」
リノアは少し残念そうに言い、セルフィの学園祭の終了を告げる挨拶が終わると同時に始まったフォークダンスの音楽に耳を傾けた。スコールはすまなさそうに
リ
ノアの後頭部に自分の額を軽く当ててこづく。
「スコール、夏の星座は今日で終わっちゃうかな。」
「さあ。どうだろ
うな。」
リノアは桃色の小さな爪で空中に星座を書き始めた。知っている限りの形を思い浮かべ、別れを惜しむように。
「今年の夏もいろいろあったねぇ……ん、と。白鳥座。」
少し身じろぎしながら爪の軌跡で星座を辿る。この夏の記憶と供に。
「星座に何かあるのか?冬の星座の方が綺麗だろ。」
「星はどれも綺麗
よ。私たちはきっと地上から見てるから見え方が違うだけで、きっと皆どれも綺麗。」
私ね、宇宙で死んじゃいそうになったとき、星が怖いくらい綺麗だってぼんやり思ったの。
夏祭りが楽しかっ
たこと。
一生懸命ボランティアに参加したこと。
しつこいナンパにあったこと。
君が助けに来てくれたこと。
林檎飴。
キーホルダー。
(出来損ないで、私だけの)ヒーロー。
こんなにたくさんのことが、あっという間に過ぎてしまった夏のほんの3日間だけの間に起こった。
「これがチョコボ座。それからこれが子チョコボ座。」
コンサートが楽し
かった。
忌まわしい力を受け継いだ。
宇宙で死んじゃいそうになった。
この力を守る力に変えると誓った。
君に会えた。
あれからまだ5年とたってはいないのに、記憶が鮮烈な分思い出との距離に愛しさが増す。
悲しいこと、辛いこと、怖いこと。冷たい宇宙を照らす。
遠い昔からあって、だが色褪せること無く輝く星だった。
今は見えない星もいつか見えるようになるかもしれない。見えなくなった星が、砕けて消えてしまっても、確かにそれはそこにあったのだ。
星が形づくる星座は、記憶を繋ぎ合わせて作られた所詮個人の思い出。
しかし記憶が思い出になるとき、それが独特の愛しさを募らせる。
楽しかった。
また会えるといい
ね。
「確か白百合座って夏の星座だよね?」
「いや、冬の星座
だな。モルボル座が夏の星座だ。」
「もう!もっとロ
マンチックなこと言って。」
モニターが写し出すグランドには、今もたくさんの星達が光って回っている。手と手を取
「秋の星座には何があったっけね?」
さよなら、星座。
そしてまた会いま
しょう。
遠い宇宙の果てか
ら、また光をくれるまで。
スコールが「コヨ
コヨ座なんてのもそのうち出来るかもな」と柄にもなく冗談を言いリノアが笑った時、何処かの宇宙で新たな星が産声を上げ、輝く星に加わって
新たな星座が生まれた。
END