ロマンチック・
トレイン
電車は小さな音
たてて
進むよ野を分け
山を分け
僕らの町までも
う少し
「……違うな。」
「ん?歌が?」
夢中で窓から外
を見ていたリノアがスコールが呟くように言った一言に振り返った。自分のどんな小さな声もきっと
拾って欲しいときだけ拾ってくれる、そんな優しい彼女の耳は外の風に冷やされて冷たそうだった。たまに聞かなく
ていい話まで聞こえる天邪鬼だが、かき上げられた艶やかな黒髪から少し見えるそれはとても愛らしい。
「セルフィが歌っていた電車の歌とは違うと思ってな。」
「セルフィが
歌ってたのならトラビアの歌なのかな?私のは……多分ガルバディアのだし。」
彼女は視線をスコールに向けると唇だけで何かを言った。スコールは必須科目の読唇術を思い出す。
彼女曰く「あの赤ちゃん可愛いねぇ」。
ふと真正面を見れば、2歳くらいの少年(服
装からそう思われた)が揺れる電車内でその身をシートに預けて眠ってい
た。その横で母親とおぼしき女性が本を読んでいる。彼女が何気無く上を向いた拍子にリノアと視線が合い、リノア
は愛想良く微笑んだ。彼女も母親特有とも思われる穏やかな笑みで返す。
「ん……ごめんごめん。歌の話だったね。」
「いや、ただ違
うと思っただけだから言った。意味は無いんだ。」
リノアは肩を揺らして小さく笑う。昼近い時間、この路線の電車は空いている。実際、彼等がいる車両には他に6名
ほどしかいない。
「一々話す内容に深い意味なんていらないよ。」
そういうとリノアはまた小さな声で歌う。電車の音よりもかなり小さな歌声は、レールの繋ぎ目を渡る際の一種心地
良くさえ聞こえる独特の音にかき消される。それはスコールにしか聞こえていないのだろう。周囲の人間は視線をこ
ちらには向けず、そのままの姿勢で眠り、本を読み、静かに語り合っていた。
野原を走る電車
よ
彼の住む町まで
進んで早く
あなたの声を
聞かせて早く
白い子猫はベッ
ドの上で
白い子犬は暖炉
の前で
幸せそうに眠る
のでしょう
あなたは白いド
アを開け
きっと待ってて
いてくれる
いつもの紅茶を
準備して
私を待っててい
てくれる
「ラブ・ソング?」
「うん、でも結
構昔の歌よ。」
ガタンと音がして電車が止まる。少し大きな音と振動で驚くほどパッチリと、眠っていた少年の目が開いた。車内ア
ナウンスが聞こえる。ほどよく低く、聞き取りやすいいい声だ。
「……5分程停車、か。」
スコールの呟く声がリノアの耳に届き、彼女は頷いた。先ほどの少年が座席から降りたいのだと母親に言う。少し思
案した後、その女性は彼を一度抱き上げて電車の床に立たせてやった。
彼の靴には何か
細工がしてあるらしく、歩く度ピコピコと鳴った。
「あら?あらら?」
彼の歩みが真っ直ぐ自分に向いているのに気付き、リノアが慌てる。よちよち歩きの一歩一歩に母親は手を貸すこと
無く、リノアに笑んで「すみません」と会釈するとそのまま見守っていた。ついに彼はリノアの元にたどり着いた。頬を
赤く染めて視線を外す彼に顔を近付け、リノアは微笑む。
「良くできました。偉いね。」
少年は更に頬を染めると助けを求めるように母親に視線を向けた。スコールはリノアの膝に乗せられた驚くほど小さな
拳を見た。
「人見知りする子なんですよ。こうして知らない人に自分から行くなんて初めてだわ。お姉さんがあんまり美人だから恋
しちゃったのかしら。」
女性は微笑み、少年に「お姉さんとお兄さんにご挨拶は?」と言った。少年は縮こまったまま下を向く。微かな声で彼
は言う。
「お姉さん、お歌の、続き歌って。」
リノアは少し驚き、スコールの顔を見る。彼も思いがけない言葉に少々驚いた様だったが、歌ってやれよと小さく微笑
んだ。電車の音にかき消されていた彼女の歌声が、半分眠っていた彼には聞こえていたらしい。不思議な話だ、とス
コールは頭の片隅で思う。しかしそれ以上に、可愛らしいライバルの出現にはスコールも柄にも無く顔に笑みが浮かん
でくるのを我慢できなかった。
「何のお歌がいいのかな?」
少年がリノアの耳元で囁くのを横目に少々嫉妬している自分を情けなく感じながら、彼は彼等の内緒話を聞かないよ
うに他に意識を集中する。
リノアが歌い始めた。
進んで早く 君の所へ
会わせて早く
花咲く庭で
リノアの澄んだ
歌声が静まりかえった車内に響く。しかしその歌声は確かに幼い少年のためだけに向けられており、
決して自己主張をしない優しい歌だった。
白い帽子に
白い傘
青い美空に
赤い花
手を繋いで
ほっぺに触って
可愛いあなた
リノアは歌の通
りに少年の右手を握り、空いた手で優しく彼の頬に触れた。夢見心地でリノアを見つめていた少年
は、突然響き渡った車内アナウンスを聞いて体をびくんと震わせる。もうすぐ発車する旨を告げたそれが鳴り止むと、
そこで始めて歌が終ったのに気が付たようだ。
「ありがとう、お姉さん。」
はにかみながら少年に礼を言う少年の頭を撫で、リノアは向かいの席まで少年を送る。母親にじゃれ始めた彼を見た
後、彼女はスコールの隣に座り直した。
「ラブ・ソングをリクエストとはな。」
「すごく優しい
曲だもん。私も好き。」
リノアは少し頬を緩ませてスコールに微笑みかける。その頬はほんのり桃色に染まっており、やはり車内で歌ったこ
とに対する緊張があったのだろうと思い知れる。
「実はあれ替え歌なの。本当は最後のフレーズね、『抱き締めてキスして、愛しいあなた』なんだぁ。」
だからちょっとよろしくないかな、と思ってとっさに替えちゃったとリノアは少し困ったように笑う。
「そうなのか。でも俺は……リノアが替えた後の歌詞の方が好き、だな。」
「えぇ?甘〜い
歌詞だからですか?指令官殿。」
冗談めかしたリノアの額をスコールが軽くこづく。スコールは夢見心地の少年の姿を思い出した。彼は今、母親の膝
でまた眠りにつこうとしている。
「部屋に帰ったらさ。」
「うん?」
「……歌ってく
れよ。」
電車がゆっくりと進み出す。リノアが嬉しそうに問う。
「替え歌無しで振り付きしかリクエストを受け付けていないんだけど、それでいい?」
目元が赤く染まったリノアの声は、電車の音に溶けていきそうな程心地良くて甘い。
「ちょうど良かったな。」
スコールの声は確かにリノアの耳に届いた。
それはとても心地よく、断続的に繰り返される電車の音の様だった。リノアは昼下がりの電車の中で泣きたくなるほ
どロマンチックな空気にうっとりと目を閉じる。
小さな歌声が聞
こえる。
それはリノアの歌うものだっただろうか。
もしかしたらあの少年の歌かもしれなかった。
END