「みんなみんないい人だね。私すごく安心したよ」
神様はいつも君を見てる 〜翼〜
嬉しそうに笑うリノアを横目にチラリと見たスコールは小さく溜め息をつく。先ほどまで不安に震えていたのに、もう明るく笑っ ている彼女は、スコールには到 底理解できない存在だった。リノアはその様子を見て少し頬を膨らませる .
「ねぇスコールさん、助けてくれてとっても感謝してるよ。でもさっきから私のこと馬鹿にしてない?」
実際そうとしか思えない態度にリノアは少し怒っていた。しかしそれでもスコールが真っ直ぐ前を見て歩き続けるので、リノアは今度は逆に少し落ち込んで小さ な声でつぶやく。
「えっと、ごめんなさい。助けてもらってるのに偉そうなこと言って。スコールさんの優しさにつけこんで私って何言ったんだろ うね。今だって、スコールさん私の歩調に合わせて歩いてくれてるのに・・・。」
スコールとしてはガーデンで教育を受けたように「女性と歩く時は自然に歩調を合わせること」という潜入任務マニュアルを無意 識に行っていただけだった。だが、リノアはそれがスコールの優しさだと取ったのだ。スコールは内心驚きながら、リノアが細 か な人の気遣いに気付く人間であることに気付く。よたよた歩いて頼りなく、泣いて笑って怒って落ち込んでと忙しい感情を持つ 子供のような彼女にそんな一面があることは大変意外だった。
合わせた歩調は、リノアの中では彼の優しさだ。あえて否定することも無いとスコールは歩きながら答える。
「別に。」
スコールの短い言葉にリノアはまた一瞬眉根を寄せたが、思い直してふと笑顔になる。
(失礼なのにちょっとしたことが優しい。訳分からない・・・けど、なんだか気になる。)
「私、スコールさんのこと、私分かるようにもっとがんばろっと。」
(なんなんだよそれ。)
そんなことに力を入れるくらいならもっと自分の身の上を最初のように考えたらどうなのかと、呆 れた様に溜め息をつくスコールにリノアは今度は何も言わなかった。
学園長室は三階にあり、二人は魔法課からエレベーターのある二階の廊下に向かう。許可された者でないと三階には上がれないが、スコールは魔法課からの連絡 で直接学園長と話し、ことの重要性から急遽許可が降りたのだった。
「ここが事務室?」
「(基本的な知識もあるようだし、言語も・・・今のところドールブル語は理解しているな。)そうだ。」
「事務室」と書かれたプレートを指差すリノアは嬉しそうに話す。
「セルフィちゃんたちいるのかなー?」
「・・・急ぐぞ。」
そのままふらふらと事務室の中を覗き込みそうになったのを引き止めるため、無駄話をしている暇は無いとリノアの手を引い た。
「あ!」
「今度はなんだ?」
手を握られたリノアは驚いて身を固くしたが、その声にスコールが立ち止まって不機嫌そうに問う。
「な、なんでもないです。」
リノアはそのまま赤い顔でおとなしく従った。リノアは自分の鼓動が早くなっているのを感じながら、一方的に握られた手に少し 力を入れる。彼女の小さな手は、スコールの鍛えられた大きな固い手が暖かい事を確かに感じていた。
年少クラスのマイクは今日不機嫌だった。せっかくやってきた宿題を忘れてしまったことでヤマザキ先生にこってりしぼられた事 に始まり、人前で思い切り転んだり、小テストでケアレスミスをしたりと何かとうまくいかない一日だ。今も皆はもう授業を終えて寮に帰ったというのに、たま たま教員の目に止まったことで一人教材の片付けで残っていた。大量の資料を抱えて廊下を歩けば、窓からの風が資料のプリントをさらおうとするかのように強 く吹いてマイクの金髪を揺らす。
「ちぇっ!なんで事務室までわざわざ持っていかなきゃいけないんだよ。」
文句を呟きながら歩いていると、中庭を挟んだ隣の棟の廊下に友達のクランが歩いているのが見えた。
「あ、あの子大変そう・・・。」
事務室を過ぎて年少クラスの教室のある長い廊下に差し掛かった時、リノアがちょうど資料を大量に持ったマイクを見付けた。 と、マイクは窓の外を見て笑顔を浮かべると窓に寄った。
「おーい!クラーン!」
クランは気付かずに廊下を歩いている。マイクは朝から貯まった苛立ちもあってムキになった。開いた窓から身を乗り出して大声 を出そうと息を思い切り息を吸って
バランスを崩した。
「!!」
窓から落ちたマイクを見て、リノアは脇目も振らずスコールの手を振り払って窓に走る。そして躊躇いもせずに窓枠を乗り越えて 飛び降りた。
助けなくちゃ!
リノアはそう思った途端背中が急激に熱くなるのを感じた。
何も考えずに窓から飛び降り、そして自分でも驚くほどのスピードで地面スレスレのマイクを抱え上げて、もう一度舞い上がっ た。リノアの白く小さな羽は今は輝くような純白の大きな羽になり、リノアは気絶しているマイクを泣きながら大切そうに抱き締めた。マイクのもっていた大量 の資料がリノアの周りをまるで花吹雪のように風に舞う。スコールはすぐに窓にかけよって良く通る声を張り上げる。
「大丈夫か!」
リノアはその声を聞いてスコールに気付くと、安心したように微笑んでゆっくりと降り始める。しかしあと2メートル残したとこ ろで、リノアの体から力が抜けた。マイクをかばいながら無理な体制で落下したせいか、リノアの視界は真っ暗になる。
二階から飛び降りたスコールは植え込みを利用し、うまく受け身をとって無傷のまま立ち上がった。倒れているマイクと、彼を大 切そうに抱えたリノアに走り寄る。二人の息があるのを確認し、ほっと息をつくとすぐに端末で保険室に連絡を入れた。
「・・・今のはなんだったんだ」
リノアの輝く大きな白い羽は、今はもう小さく戻っていた。
「全く!不注意もいいところだよ!!」
一時間後、目を覚ましたマイクはドクターカドワキにしっかり怒られていた。スコールはとりあえず見たままを報告し、今はリノ アが目を覚まさないので一人で学園長室に行った。しかしマイクは何より自分をかばったリノアがまだ目を覚まさないことが気になって、説教どころでは無かっ た。恐怖に気を失う寸前に見えた彼女の背中に見えたあの白い・・・翼?あれは何なのだろうか。
「先生、あの・・・あの女の人大丈夫ですか?」
マイクの弱々しい声に、カドワキはふと力を抜くとマイクの頭をゴシゴシと強く撫でた。
「あの子の怪我自体は全く軽いものさ。打ち身も全治2日ってとこだろうね・・・大丈夫だよ。」
マイクはグシャグシャに解れてしまった髪もそのままにうつ向いて泣き出した。カドワキはマイクが十分反省したのを見て声を和 らげる。
「あんたはまだ子供だから守られてていいんだよ。でもそれに甘えてちゃいけないってこと分かるだろ?ガーデンの子供たちなら なおさらさ。」
解れた髪を今度は柔らかく撫でて直す。保険室特有の消毒のにおいも、しゃくり上げるマイクには遠く感じる。
「う・・・ひっく、ごめんなさい。」
「さ、それはあの子の目が覚めたら言ってあげなさい。」
そういってカドワキはマイクの体の様子をもう一度確認し、異常がないのを確かめると保険員にマイクを寮まで送るように言っ た。
その夜は新月で、この地方の晩冬ならではの冴え冴えとした空気の夜だった。