神様はいつも君を見てる 〜告白〜









ドールの任務からアーウ゛ァインが帰還した。丁度その時、リノアはセルフィと一緒にゼルの部屋に遊びに来ていた。もちろん ガーデンでは男女供にお互いの寮への行き来は禁止されていたが、それは教員に見付からなければ良いといったお飾りの校則になりつつある。加えて、厳しい訓 練によって身体も精神も鍛えられたガーデン生達はそうそう校内の風紀を乱したりはしない。教員もそれが分かっているからか、夜中でも無い限り表だって咎め る者もいなかった。




三人がたわいもない話をしながらくつろいでいると静かなベルの音がする。ガーデンの私室は簡単だが防音がされているので居留守も簡単だ。
だがこの場に(駄目で元々だが)スコールも誘っておいたので、ゼルはすぐに立ち上がった






「スコールか?」






しかしドアに近付いて少し大きめの声で問えば、聞こえたのは彼の低く通る声ではなくまるで違うのんびりとした声だった






「違うよーん。アーウ゛ァインだよー。洗濯機貸してちょうだいなー。」






セルフィはドールの任務からアーウ゛ァインが無事に帰って来たことに喜んで小さく笑う。
リノアがそれを見て微笑むと、セルフィがそれに気が付いて顔を赤く染め






「あは、セルフィかわいー。」






リノアがセルフィの頭を撫でながら言う。






しかしセルフィは突然視線をするどくするとドアを見た。

アーウ゛ァインは今回、ドールの中にあるジンダ族自治区の一角に任務で訪れていた。ジンダ族とはヘスペリデス平原の先住民であり、はるか昔にガルバディア からの移民による神聖ドール公国建国の折りに南下を余儀なくされた悲劇の民族であ る。任務の内容は、ジンダ族自治区の国としての独立を求める過激派の粛清だ。

最近では彼等にドールからの輸入船が襲われて2名の死者がでていた。ドール国政府じきじきの依頼だ。当然国としては表だった粛清は出来ない。あくまでひっ そりと、過激派の中心人物を二名暗殺することが最重要任務だった。
やられているばかりではジンダ族の独立に向けた穏健派にとっても、被害者に成りうるドール国民にとっても彼等は共通する危険因子だ。警察が逮捕しようにも 情報も少なく、報復の恐れがあるので失敗は許されない。故にガーデンに極秘に依頼し、組織そのものの中枢を壊すこととした。
活動は派手だがさほど大きな組織ではなく、SeeDなら一週間あれば十分だ。政府は警察が逮捕したとメディアに流せば良い。ガーデンに依頼がいったことを 誰もが予想するだろうが、証拠は絶対に出ない。
ガーデンが動くことはそう珍しくも無く、裏を探ろうとすればこの全世界を敵にまわしかねない。どの国にも裏はあるものだ。





アーウ゛ァインの部屋の洗濯機は壊れており、セルフィもそれは彼に聞いて知っていた。
彼は作戦そのものではなく、戦力として派遣されていた。当然戦闘を行っただろう。
セルフィはこの極秘任務の情報収集班として三日前まで働いていた。任務の内容は熟知している。






「駄目!ゼル!!」






セルフィがゼルに呼び掛けたときは遅かった。
アーウ゛ァインは既にゼルの部屋に一歩踏み出し、その姿をリノアの眼前に見せていた。



赤い。




リノアは思う。
アーウ゛ァインの手にある衣服は赤かった。そして伝わる、血の臭い。鉄臭い、生臭い。
リノアは必死に彼に駆け寄ると泣きそうになりながら問う。





「怪我、したの!?大丈夫!?」





セルフィはリノアの言葉に体を震わせて、静かに立ち上がる。ゼルもリノアの言葉にはっとすると半開きのドアを急いで閉めた

アーヴァインはリノアの言葉に目を見開くと、首をゆっくりと振った。




「僕は、大丈夫だよ。」

「だって・・・だってそれ!」



リノアは息を飲んだ。アーヴァインの体には確かに目立った傷は無く、どう考えても持っている衣服の大量の血液が彼のものとは思えない。

リノアはSeeDの仕事を知っていた。スコールからも学園長からも聞いていた。とても綺麗とはいえない仕事なのだと。だが今、眼前に突きつけられた事実に リノアは不安を隠せなかった。アーヴァインが口を開く。




「僕が殺した人の血だよ。・・・この前、罪の無い人を二人も殺したテロリストの一員だった。」




セルフィが立ちすくむリノアに駆け寄る。さっきまで楽しそうにはしゃいでいた彼女は、今では泣き出しそうな顔だ。そっと腕を回し、セルフィがリノア
を抱きしめる。リノアはきつく自分を抱きしめるセルフィの小さな体を、どうしようもない程の切なさをもって抱き返した。そして小さく呟く。




「私、何も・・・何も気付かなくて。」


アーヴァインが自分の腕に抱かれたままの血染めの服を握り締める。
もうそれはすっかり乾いているはずなのに、強く握れば今にも血が滴り落ちそうにも感じた。


「相手が・・・相手が悪い奴だって思えば、任務へ向かう姿勢も変わるんだ。」

「アーヴィン!やめて!」



セルフィが叫ぶように言う。痛いほどの力でリノアに抱きつく。
しかしリノアの体が痛みに少し震えたのを感じ取り、セルフィははっとする。




「リノア、ごめん。ごめんね?驚いた?嫌いになった?」




救いを求めるような声音で、セルフィがそっとリノアから離れる。
セルフィは、自分の小さな手がリノアを傷つけてしまうような気がして怖かった。




「相手が・・・すっごく悪いやつだったら、そうしたら、殺すことも・・・少しは・・・。」

「アー、ヴィン。」




セルフィの震えた声が、部屋に響く。アーヴァインの言葉は途中で切れてしまった。
当たり前になりつつあった「日常」が、ニンゲンにとって「異常」な心の始まりだったとしたら。
ゼルが小さく口を開く。




「綺麗、ごとだけじゃ・・・俺達だって死んじまう。」

「やめて・・・リノアに、そんなこと聞かせないでよぉ。」





セルフィが床に膝を着いてすすり泣き始めた。何かに許しを請うように。













リノアは細く息をはく。何かを決意するように。

そして次の瞬間、空気を震わせるような音がしてリノアの翼が開いた。

着ていたワンピースの肩の部分が裂け、白い羽が姿を現した。



「大丈夫だよ。」



遠いところから響いてくるようなその声にセルフィが顔をあげる。
リノアはそっとアーヴァインに近づいて、血濡れの服ごとその手をそっと握った。




「みんな知ってるから。・・・みんなどんな命も大切だって知ってるから。胸が痛まないはずないから。

 今は、今は仕方が無いことなんだよね。考えようね。なるべく早く、誰も血を流さない方法を。

 ただ待ってるだけじゃ駄目だから。一緒に考えよう。」




アーヴァインは唇を一瞬噛み締めた後に、怒鳴るようにリノアに言う。




「今は!?今はどうなるんだよ!人のためにって人を殺して、それで・・・なんか知らないけど、忘れそうで!今更怖いなんて言えない よ!!

 人を殺したことだって一度や二度じゃないんだ!なのに、僕はガーデンっていう守られた場所にいるんだ・・・。」



一度にそう言った後、ふと脱力したように視線を下げる。




「僕、ここにいてもいいのかな?」




悪魔か、死神か。自分はどちらなのか。
友達とどんなに楽しく話していても、心の中にある不安は消えない。
リノアはゼルやセルフィを振り返りながら言った。




「いても、いいよ。・・・ううん、いてよ、みんな。

 私寂しくて死にそうだったの。こんな翼なんかなかったら、もっと楽だったかもしれない。何も分からなくて。死んじゃいたかった。

 でも私、皆に生かされた。殺すことよりも、生かすことはきっと何倍も難しいのに。

 明日は今日よりもっと悲しいこと、辛いことがあるかもしれない。未来の保障なんて誰にもできないから。

 だから、今、なんだよ。今を考えよう。明日楽しいことがあるように。」





リノアはそのまま、アーヴァインに向き直る。翼が起こした優しい風がアーヴァインの頬を撫でた。
リノアはアーヴァインの耳元にこっそりささやく。




「きっと、セルフィもそれを望んでいるから。」




仕方が無いことだと割り切ってはいるのに、怖いものは怖い。
怖さを忘れることが何より怖い。
怖さに慣れて、何も感じなくなったときの自分は悪魔か、死神か。
それとも冷たい死体なのだろうか。








彼らの悲しい告白は、明日への糧になる。
セルフィはリノアの白い羽を見つめながら、「天使」の存在を心底信じたいと思っていた。

答えは、まだ出ない。

















7 〜 孤蝶〜