神様はいつも君を見てる 〜孤蝶〜
「きゃっ!トゥリープ様!いえ、先生!」「おはようございます!」
キスティスはエレベーターが開くなり、自分の姿を見て声を上げた二人の女生徒達に微笑みかけた。彼女はキスティスの美貌にうっとりしながらそっと道を空け る。
「ありがとう。」
礼を言って通れば、後ろではきゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえてキスティスは溜め息をついた。一限目も始まらない朝早くのガーデンには人影もまばらで、春 先のバラムらしく少し冷える 。
「キスティス。」
後ろから鈴を転がすような可愛らしい声で呼ばれてキスティスは振り返った。
「リノア。」「えへへ、おはよー。」
リノアはパステルピンクのカットソーとオフホワイトのスカートといった服装で微笑んでいた。
「えぇ、おはよう。」
キスティスは一ヶ月前に突如現れたこの少女を怪しんでいた。ガーデンの内情を探るために送られたどこかの軍の工作員では無い のかと考え、学園長に進言もし た。
「学園長らしくないですわ。見ず知らずの人間・・・いいえ、尚悪いです。信じられませんが、彼女は人間では無いのでしょう?」
始めて会ったときは保険員と名乗り、次に会った彼女は保険室で意識不明の状態だった。
「キスティス、君は有能なSeeDです。君の生まれもった美貌も才能も大変素晴らしい。」
シドは微笑んでキスティスを見る。キスティスは聞き慣れた賛辞に眉一つ動かさなかった。
「君はリノアから何かを学べるはずです。たとえ彼女が敵でも、人間でなくても。・・・そうですね。」
シドが言葉を切ったのを見て、キスティスは次の言葉が学園長の現段階の結論だと悟る。シドもキスティスがそう悟ったのが分かったようだった 。
「彼女はしばらく学園内で保護します。しかし彼女は危険だと判断できる明確な根拠があったのなら、いいでしょう。内密にあなたが殺してしまいなさい。」
キスティスは敬礼をして静かに下がった。
そしてそれ以来、キスティスはリノアに近付いてはそれとなく内情を探り始めた。周りには仲良くしているように見えるだろう。リノアとすっかり打ち解けて、 今や親友とまでいえるようになったセルフィともキスティスは仲が良い。彼女に疑われていようとはリノアも気付かないだろう。リノアと出会ってもう一ヶ月が 過ぎようとしていた。
「ね、図書館一緒に行かない?」
リノアは本が好きだった。もともとの性格からか、よく本に感情移入して泣いてしまうこともある 。
「ええ、いいわよ。おすすめの本があったら教えて。」「あるある!」
リノアは全く無邪気に笑ってキスティスの手を握って歩き始める。思わずキスティスの手に緊張が走った。するとリノアは立ち止まって、そっと手を離した。し まった、そう思ってキスティスは声をかける。
「リノ」「キスティス、今私が持ってる本も面白いの。見て見て!」
キスティスの言葉に被さるように満面の笑みで振り返り、話し始めたリノアはキスティスの緊張には気付いていないように見える。
「どれ?私の知らない本かしら?」
キスティスは内心安堵の溜め息をつくと、リノアの腕に抱かれていた本を覗き込む 。
「ええと、これは・・・古ガルバディア語で書かれてるわね。・・・「ガルバディアのおとぎ話」?」
リノアは現れたときから世界で最も広く使われているドールブル語を既に自然に操っていた。しかしリノアは古ガルバディア語にも堪能であり、難しい表現を用 いる書物も読んでいた 。理由は分からないが、おそらくリノアの正体にも深く関わってくるだろうとキスティスは思っていた。
「うん。この中のね・・・このお話が素敵なの。」
パラパラとページを捲ったリノアは、美しい絵の描かれた中表紙を指差した。それはこの世界では誰でもよく知っているありきたりなおとぎ話だ。
「「白雪姫」ね。」
あちらこちらの地域で似通った話は多くあるが、この題名のものが一番オリジナルに近いだろうか。キスティスは微笑む。
懐かしい、子供の頃はよく憧れた、素敵な王子様に愛されて幸せになったお姫様。でも私は・・・
「キスティスこのお話知ってるの?」
リノアがページを繰れば、いろいろな話の挿絵や題名がちらちらと見える。
「私まだこの本途中なの。この本他にもたくさん載ってるからどう?」「・・・えぇ。待ってるわ。」
昔の自分の甘い考えにキスティスは悲しくなったが、努めて平静を装った。そうして自分に言い聞かせる。
そんな甘さは捨てたはずでしょう、キスティス。だからあなたは今この子といるのよ。
「さ、行きましょう。」「うん。」
図書館への道は少し疲れているのか、キスティスにはいつもより遠く感じられた。
「トゥリープ先生、おはようございます。」
「おはよう。」
その日から二日後、キスティスの腕には、あの後リノアから借りた本が抱かれていた。リノアが勧めた通り面白く、懐かしさもあいまって休憩時間に読み込んで しまうほどだった。それをめざとく見付けた生徒の一人が勇気を持って話しかける 。
「あ、あの・・・トゥリープ先生、その本何ですか?」「あ、いいえ。これはリノアの本を預かっているだけなのよ。」
とっさにキスティスは嘘をついた。童話の本だなんて、自分には似合わないだろう。
「・・・えっと、表紙はなんて書いてあるんですか?」「あ、そ、そうね。古ガルバディア語で「ガルバディアのおとぎ話」と書いてあるの。」
目の前の少女は明らかに年少クラスを卒業したばかりの子供だ。古ガルバディア語など読めるはずも無いだろう。いい訳じみた言葉を先に言ってしまったキス ティスは、内心落ち着かないながら平静を装った。目の前の少女は過度に緊張しながらも話し続ける。
「そそそそうなんですかぁ。リノアちゃんっておとぎ話似合いますよねぇ。・・・え、えと、それだけです!失礼します!」
ついに限界に来てしまったのか、逃げるように走り去った彼女をキスティスは少し困った顔で見送り、そして仕事に戻った。
似合う、か。確かに彼女は似合うだろう。偽りだらけの、綺麗なだけのおとぎ話が。
卑屈に考える自分に吐き気がして、キスティスは痛みを感じるほどに自分の拳を握り締めた。
とりあえずは図書館に行って、この本を返そう。これ以上「似合わない」ものを持っているほど、自分は身の程知らずだと思いたくは無かった。
「やっほーキスティス、その本どうだった?」
図書館でリノアは静かに声をかけていた。キスティスは周りをさっと確認した後、にっこりと笑って返す 。
「ふふ、本当にリノアは図書館が好きね。なんだか懐かしい気持ちだったわ。夢中で読んでしまったの」
それはリノアを騙すための言葉では無く、本心からの言葉だった。
「ね!ね!私も・・・なんだか懐かしかったんだよ。」
花の様に笑うリノアはあの生徒がいったようにおとぎ話が良く似合う。見た目の可愛らしさや、あのスコールにも臆すること無く接するほどの快活さを兼ね備え た彼女は、そうでなくともガーデンの人気者だ 。
「お姫様、か・・・。」
ふと呟いたリノアの小さな声を聞き、キスティスは知らず知らず下を向いていた視線を上げる。キスティスは泣き出しそうな顔をしたリノアに驚く。しかしそれ も一瞬のことで、リノアはいつものように笑顔を浮かべた。小さな声に気付かれたとも知らないリノアは、キスティスの視線に気付く 。
「ん?なぁに?」「あ・・・いいえ。何でもないわ。」
その顔の理由を問おうとさた唇からその言葉は出ない。キスティスは何故かいたたまれなくなって、らしくないとは思いながらまた口を開く 。
「リノアがお姫様みたいだって、学生がいってたのよ。」
リノアは意外にも辛そうに微笑んだだけで喜びはしなかった。
何をそんな顔をすることがあるのだろうか。
昔お姫様に憧れた自分は、愛されて幸せになった白雪姫になれないだろう。
外見も頭脳も優れているという自負はあった。
でなければやたらと自分を持ち上げたがる周囲の状況に、繊細な彼女の精神は耐えられなかったからだ。
しかしその彼等は遠く自分を見るだけで、決して彼女の醜い部分を見ようとしなかった。愚かな人間らしく、キスティスを崇めた。似ているけれど、それは恋ではない。
プライドの高いキスティスにとってそれは、悲しくも孤高の存在で居続けねばならないという重荷にもなった。
その心が自分を強くしたのも確かであり、その分弱くしたのもキスティスは分かっていた。
だから、今も走り続けねばならない。自分のために、周りのために 。
「愛されなければ、愛する資格はないのかな。」
リノアはゆっくりとページを繰る。キスティスはリノアの言った言葉の意図を掴めず、リノアが広げた本の挿絵を見つめる。白雪姫はそっとガラスの棺に横たわ り、王子のキスを待っていた 。
「もし王子に愛されなかったら、お姫様は眠り続けるんだよね。誰も心から愛すること無く・・・。」
童話にもし、など馬鹿馬鹿しい。決まりきったエンディングを無視して展開する物語は、もしかしたら辛すぎるバッドエンドを向かえるかも知れない 。
「折角ハッピーエンドなんだから、もしなんていらないわ。」
キスティスはそっと眠る白雪姫に視線を走らせる。
「もし・・・もし、私が眠ったら・・・誰も」「馬鹿言わないで、リノア。あなたなら眠っていなくたってキスしたがる男はいくらでもいるわ。」
言いたくなかった言葉だった。それに比べて自分は、と考えずにはいられないから。
自分にキスしたがる男は、きっと腐るほどいるだろう。
そして、それを綺麗な思い出にするのだ。
生々しい欲望など一遍も感じさせない綺麗な思い出に。
まるでおとぎ話のような夢物語として。そういう意味では、自分はおとぎ話にふさわしいのかもしれない。
めでたしめでたし、で終わったお話はその後どうなるのか、綺麗なところを見ているだけの読者には興味の持てない話だ。
独りよがりの「綺麗な」愛で、キスティスをがんじがらめにする。
「そんなことないと思うけど・・・それならキスティスの方がファンクラブまであるんだし。」
やつあたりだ、と自覚していた。まだリノアに手を出す時期でも無いとも分かっていた。しかし止まらなかった。キスティスはリノアを 本棚に強く押し付ける。
「キス、ティス・・・。」「一体、何なの?あなたは・・・いきなり現れて、知ったようなことを言って。いい?ファンクラブの人達は私にとってただの重 荷だわ。だってそこに本当の愛 はないから。私は一人で生きていけるの。愛されていなくたって私は何も愛さないから資格がなくてもそれでもいいの。」
腕で喉を押さえ付けられて、リノアの目には苦しさからか涙が浮かぶ。
「痛、い。」「それはそうでしょうね。学園内であなたが問題を起こせば、私はあなたを殺すことを許されているのよ。」
キスティスの腕が更にリノアの首に食い込む。リノアはそれでも歯を食いしばって涙を堪えた。そして搾り出すような声でキスティスに問う。
「ぅ・・・キス、ティス、ごめん、ね・・・痛い?」「!?何を言っているの?」
リノアの言葉にキスティスは押さえ付けていた腕を緩めてリノアを解放する。
途端苦し気に咳き込むリノアだったが、少し落ち着いてからキスティスを見上げた瞳は、心底キスティスを労わる優しいものだった。
「愛されていなかったら愛する資格が無いなんて、嘘でも言ってごめんなさい。愛されないなら、余計に愛さなくちゃいけないんだね。」「何を言うのよ!?」
リノアは辛そうにキスティスを見る。
「傷付けてごめんね。私、無神経だった。でもキスティスは愛されているよ。それが自分か望まない形だから、あなたがそれと認めていないだけだよ。ケホ…… ン、えっとね、 白雪姫は本当のお母さんやお父さん、七匹の小人や、女王から逃がしてくれた狩人にも愛されていなかったらもうそこで死んじゃうんだよね。それで、真っ暗で 何も分からない森の中を自分で歩かなきゃ死んじゃうんだよね。」
狩人が彼女を逃がしても、そこは鬱蒼としげった魔の森。
彼女は自力で歩く。
歩いたことの無い森を。
見たことのない世界を。
そして彼女は自分が住んでいた大きすぎる城よりうんと小さな、本当に小さな家を見付ける。
そこで彼女は新しく愛を得る。
殺意から逃げ、森を走り、そして見つけた小さな愛だ。
「今、分かったよ。お姫様は王子様のキスを待ってるだけじゃなかったんだね。がんばったんだね。キスティスも、がんばってるんだね。」
リノアの深く輝く黒い目は、優しくキスティスを映す。キスティスは何故か胸が痛くなり、鼻の奥がつんと痛くなった。
様々な言い方で誉められ続けてきたのに、がんばったねと誉められるのは随分と久しぶりだと熱い息の下で思う。
「言ってる意味が、分からないわ。ロマンチックな言い方は誰から教わったの?」
キスティスの皮肉にもリノアは照れ臭そうに笑う。
「私、記憶無いし、人間じゃないからな。とりあえずセルフィ達じゃないしわかんないな。どうなんだろうね?」
キスティスは息を飲んで、自分のあまりの無粋な言葉に顔を赤らめた。図書館内は静かだ。しかも奥まったこの辺りは滅多に人も来ない。静かすぎるほど自分の 心臓の鼓動が大きく聞こえて、キスティスを余計に焦らす 。
「リノア、ごめんなさい。」
やっと絞り出した声に、リノアはまた微笑んだ。
「キスティス。私ね、キスティスのこと痛いな〜、このアホ!て思っちゃったよ。ごめんね。」
今度は明らかにセルフィから教えられた言葉に、キスティスは思わず大声で笑ってしまう。
めざとくそれを聞き付けたらしい真面目な図書委員が駆け付けるが、笑っているのがキスティスだと知って言葉に詰まった。キスティスはそれに気が付く。
「あら、ごめんなさい。さて、そろそろ部屋に帰ろうかしら。
・・・リノア、私もう少しあなたの言葉考えてみるわ。私なりの答えが出るまで。それから私もおとぎ話やお姫様が大好きだから、また面白い本を教えて頂戴、 ね?」
固まってしまっている図書委員にはまだ胸が少し痛んだが、キスティスは大きな声で好きなものが言えてせいせいしていた。リノアもはしゃいで言う 。
「うん、教える!あ・・・大きな声出してごめんなさい。」
急いで図書委員に頭を小さく下げるリノアは、罰が悪そうに図書委員に微笑みかけた。
図書委員も満面の笑顔のキスティスとリノアを見てはにかむ。みんなの憧れであるキスティス・トゥリープ先生は、笑うと意外にも無邪気な顔で幼く見えた。
二人の綺麗なお姫様みたいな人と一緒にいると自分もお姫様になったみたいだ、図書委員はそう思った。
私は眠るお姫様。
今在る愛を大切にして、王子様を待っている。
8 〜発露〜