神様はいつも君を見てる 〜発露〜









そして五日後、リノアが倒れたとの知らせを受けて事務室で報告書を作成していたスコールはすぐに保険室に向かった。スコールは自分でも何故ここまで足が急 ぐのかは分からない。スコールは処理中の書類は近くにいたSeeDに頼んでおいた。いつもの自分では考えられないことだ。冷静さを欠いている自分に戸惑う が、その中で嫌な予感が消えない。
白く細い手足が無力に床に投げ出される様が脳裏に浮かんでくるようだった。


「スコール!リノアが・・・。」


キスティスが珍しく慌て、青ざめた表情でスコールに駆け寄った。


「リノアは?」

「えぇ、信じられないけど・・・栄養失調による貧血らしいのよ。」


寂しがりやのリノアはほとんどいつも誰かと行動している。誰に聞いても彼女の生活に異常なところは無かった。


「ちゃんと食事もとってるのよ。確にリノアは翼があるけれど、他は私たちと同じよ・・・。何でなの!?」


リノアはキスティスと一緒に図書館に居た時に倒れたらしい。ふと力が抜けた様に倒れ込んだリノアを保健室まで運んだのはレナードだった。リノアを診断して い たドクターカドワキがやって来てスコールを呼ぶ。


「一応点滴を打ったから様子をみるつもりだよ。まだ意識が戻っていないけどあの子は寂しがりやだから、会っていってあげな。レナードが今ついててくれてる から早く行っておやり。」


スコールは黙って頷くとベッドのある別室へと向かった。彼は心底動揺していた。リノアが倒れたと聞いて鼓動が早鐘を打ち、自分でも思ったのだ。

何を慌てることがある?他人が何らかの理由で倒れただけだろう。

しかし彼の足は、急ぎでは無いにしても彼にとって一番重視すべき任務を放って保険室までの道を急いだのだ。リノアのことも、 先ほどまで彼の目の前に散らばった書類も同様の任務だ。学園長にどちらが優先ということも言われておらず、リノアにはカドワキやレナード がついていた。

では何故?何故自分は脇目も振らず、ここまで向かったのか。

リノアが「産まれてから」三ヶ月、スコールの生活は激変していた。リノアの様子を報告するために食事を一緒にとり、リノアに ねだられてガーデンの中を散歩したり、図書館に面白い本があったからと嬉しそうに報告されたりもした。幼い頃経験した悲しい別れから人嫌いになったスコー ルの内面に、リノアは踏み込んできた。
彼女は人間ではない、きっと。しかし彼女の周りには常に人の笑顔が耐えず、彼女も出会った日以来泣くことはなかった。そこまで考えたところでスコールは自 分がとうにリノアが眠る部屋の前まで来ていたことに気付く。
スコールは胸に拭いきれない切なさを抱きながら、目下の問題であるリノアの容態について確認しようとドアを開けた。


「・・・!?」

「な!!」


確にリノアは部屋の中央のベッドに寝ていた。しかしスコールの目に最初に写ったのは、今にも眠る彼女に口付けようとしているレナードの姿だった。


「ス・・・スコール、黙っててくれよ?寝顔があんまり可愛いから、つい。・・・俺リノアのこと好きなんだよ。初めて会ったときから気になってて。」


蒼白になったスコールに慌ててレナードが説明する。しかしスコールの耳には全く届かなかった。スコールが次に動いたのは、絞り出すような低い怒りの声を出 したときだ。


「今すぐここから出ていけ。」

「!?」

「眠る女子に手を出すような下衆に手加減する義理はない。」


レナードは凍るような色の青灰色の瞳に睨まれて背筋を嫌な汗が流れた。しかし突然現れたスコールにレナードは心に貯まっていた疑問をぶつける。


「スコール、お前リノアの何なんだよ?それに人のことに干渉する人間だったか、お前!なんでいつもリノアと一緒に居るんだ!?」

「そんな問題じゃない!今、お前は何をしようとした!」


至極全うなことを言われて、レナードは取り乱した自分を落ち着けた。リノアはそんな状況に気付く様子も無く血の気のない顔だが、ただ穏やかに眠り続けてい る。


「悪かった・・・。二度とこんな卑怯な真似しない。頭冷やしてくる。」


スコールは拳をきつく握る。そうでもしないとレナードに殴りかかりそうだった。レナードはリノアの方をちらりと振り返ると、小さくごめんと呟いて部屋から 出ていった。二人になった部屋は先ほどの殺気だった雰囲気が嘘のように静かだった。遮光カーテンが暖かな陽光を遮り、点滴をつけられたリノアの顔をより青 白く見せる。


「・・・そんなに無防備に寝てるからだぞ。」


何か言いそうになった自分の口を無理矢理閉じる。眠っている彼女に話しかけるなんて、一体何をしているのか。目を覚ますように頭を軽く振り、ベッドに近付 くとリノアの顔色を確認する。きちんと食事を取っているにも関わらず何故リノアは栄養失調になどなったのか。これもリノアがなんという種族なのかと同 様に、ただ考えるだけでは答えのでない問題だった。

ふとスコールがリノアを見ると指先が少し動いており、唇も何か呟くように細かく震えている。

 
「リノア・・・?」


そっと屈んで彼女の顔を覗き込むと、スコールは改めてリノアの弱った様を確認する。しかし彼女は以前の生気に満ちたきらきらしい美しさはなくともまた違っ たそれを見せていた。色を失った顔もまるで腕の良い人形の作り手が丹誠込めて作ったような儚い美を思わせ、SeeDとして訓練されたレナードに無粋な行動 を起こさせた、それこそ罪とも思われた。


「お前、俺達の生活ひっかきまわしておいて黙ってるつもりなのか?」


額にかかった前髪をそっと直してやる。きっとすぐに彼女は目覚めるだろう。点滴が一滴ずつ彼女の体内に吸い込まれていく。
スコールはリノアの綺麗な黒い目で微笑まれると、何故だが暖かい気持ちになった。だが今はリノアのまぶたは硬く閉じられ微笑むことはない。
リノアが辛そうに眉根を寄せて、小さくスコールを呼ぶ。


「ス・・・コール?」


やっと絞り出した様な声だった。まだ力が入らないのか、目を開けることも億劫そうだ。スコールはリノアの声に耳を傾けようとそっと唇に耳を近付ける。


「そうだ。大丈夫か?」

「ありが・・・と。前、に・・・も、ね?こんな、ことが。」

「そうだな。とりあえず今は休め。点滴が終ってゆっくり寝たらまたうるさいほど元気になれる。」

「っ・・・。」


リノアは眉をしかめたが、細かく体を震わせて声にならない声で笑った。スコールはまた少し乱れたリノアの前髪をそっと直しながら、安心させるようにそっと 額に触れる。


「安心するか?」

「うん・・・してほし、いこと・・・何でも分かっちゃう、んだね」


少しずつ呼吸しながら話すリリノアを見ていると、スコールも胸が苦しくなった。


「ね・・・あの、ね・・・。」

「ん?」

「私、も・・・う、だめかも。」


軽い栄養失調からくる貧血。そうキスティスは言った。しかしいつもの様に大袈裟だと呆れる余裕もなく、スコールは大声を出していた。


「何を馬鹿なことを言ってる!ただの栄養失調だろう!」


リノアは驚いた様子も見せずに、柔らかく微笑んだ。


「段々・・・力が抜け、てくの・・・分かるの。私、もうきっと長、く・・・ない。」

全てを悟った様に笑顔でつむがれたリノアの言葉は、それが真実だと確信を持ってスコールに届いた。リノアの弱り方は急激だっ た。それでも無理をして微笑んでいたリノアは一対何時からこの時のことを知っていたのだろうか。


「ね・・・スコール、聞いて、てよ?・・・私、スコールが好、き。」


リノアの息は上がっておらず、静かに静かに流れでる言葉がいやに切なかった。


「こんなこと、言い残すの・・・嫌な、子だね・・・私。スコール、寂しそう・・・だった、初めから。」


うっすらと開いたまぶたから覗いた、オニキスの深い黒を思わせる瞳がうっすらと涙のベールをまとう。それでもリノアは微笑み続けた。

細く息をはいたリノアは、そのまま嘘のように安らかに眠りに入る。






スコールはリノアの言った言葉達を信じられない思いで聞き、ドアの開く静かな音と共に入ってきたカドワキに気付き、視線はリノアに向けたまま問う。


「彼女は、点滴が終ったら目が覚めるんですね?」

「・・・スコール、聞いとくれ。確にまだリノアは現段階では大丈夫だよ。だけどね、リノアは私たちの食事だけじゃ生きてはい けないんだよ。きっと足りない、リノアには必要な栄養があるんだ。」


カドワキは沈痛な面持ちで続ける。


「リノアはここ数日で一気に弱った。きっと明るく振る舞っても自分は何者なのか、という根底の不安は消えなかったんだね。心労も重なったんだろう。見た目 にはそれほど分からないけど、ひどく衰弱してるからこのままじゃ目を覚ますかさえ怪しい。はっきり言えば、このままだと一月ももたないかもしれな」

「嘘!!」


開け放したドアの外にはいつの間にかキスティスとセルフィが立っていた。


「先生、嘘でしょ?だって・・・だってうち、この任務から帰ったらリノアとROYALのクッキー食べる約束してたんよ?リノアはどんな小さな約束だって破 る子やないって先生知っとるでしょう!?」


セルフィの腕にはクッキーの缶が抱かれていて、任務から帰ったらリノアと食べようと任務先で買ったものらしかった。キスティスは震えながら、青い顔をして いるセルフィの方を抱く。


「リノアはきっと、帰って来るわ。」



その日は彼女と出会ったときのような新月の夜を向かえた。この地方の初春にはふさわしくない、少し寒いほどの夜だった。
















9 〜不在〜