神様はいつも君を見てる 〜不在〜









「SeeDレオンハート、リノアさん知りませんか?」


ガーデンのあるバラムは雨季に入り、四季がはっきりしているこの地域は最近蒸し暑く不快な日が続いていた。ガーデンの中は除湿機も冷房も完備されている が、さすがに野外任務や実践授業には厳しい季節だ。

呼びかけられた声が下から聞こえてきたので、スコールは振り返って視線を下に向ける


「お前はあの時の……。」


声を掛けてきたのはリノアが助けた少年、マイクだった。あれからもう四ヶ月が経つ。


「・・・どうだ、その後。体に異常はないか?」


リノアは五日前から保険室でふせっている。今やガーデン中に顔を知られた彼女を探さない者はいなかった。一応建前としては親類の不幸で自宅に帰っていると いうことにはしているが、リノアの翼の存在を知っているマイクには通用しないと分かっていた。
あの事件の後もちろんリノアの秘密に関してはマイクには口止めがされ、幼くてもSeeDの見習いである彼は決して口外にはしなかった。


「俺は大丈夫です。それよりリノアさんに何か合ったんじゃないんですか?」


リノアの問題の解決策はまだ糸口も掴めてはいない。今真実をマイクに伝えても、彼を余計に悲しませることは分かった。


「リノアは今調子が悪くて寝込んでいる。だが今日は自分で朝食をとっていたし、ドクターカドワキもあと数日で完治するとの診断をした。」


スコールは淡々と嘘を並べ、胸の痛みには気付かない振りをする。しかしマイクはほっとした顔になり、そしてスコールに向かって満面の笑みを向けた。


「そっか、良かった!見舞いは行ってもいいんすか?」


途端に元気に話し始めたマイクを見て、思わずスコールも微笑する。


「いや、今はやめておいてやってくれ。結構やつれてしまって本人も気にしている。」

「へぇ!!リノア姉ちゃん恋人にはよれよれのとこ見せてるのに友達の俺には見せないの?変なのー!」


至極当たり前のようにマイクの口から出た言葉にスコールは動揺した。リノアは朦朧とした意識の中でだが確に自分が好きだと言った。あの言葉は自分の都合の 良い夢だったのか。深く考え始めて眉根を寄せたスコールを見て、マイクが慌てたように付け加える。


「あ、すみません!いくらよれよれでもリノア姉ちゃんは可愛いっすよね。さすがSeeDレオンハートの彼女って巷で噂です!・・・と、俺授業があるんで失 礼 します!」


逃げるように去ったマイクを唖然として見つめながらスコールは立ち尽くす。マイクは何を勘違いしたか、「リノアの恋人であるスコール」が、リノアをよれよ れと表したマイクに不快感を覚えたのだと思ったのだった。スコールは図らずも知ってしまった周りの勘違いに顔が熱くなるのを感じた。








「え、スコールとリノアって付き合ってなかったの?」


キスティスが食堂で意外そうに声を上げた。隣で見ていたゼルも一杯にパンを頬張りながら頷く。


「ひゃっぺよぉ。」

「ゼル、汚い。」

「(ムグムグ)・・・ごめん。だってよ、リノアがお前のこと好きなのは分かってたけどお前だってとてもリノアのこと他人とは 思ってない風だったぜ。」


それはイコールスコールとリノアが付き合っていることになろうはずもないが、そこにはこの場にいない「バラムガーデンお祭りコンビ」が一枚噛んでいると見 て間違いはない。セルフィとアーヴァイン、彼等は一に任務二に任務は当たり前で良いことだが、三四が楽しいことで五が面白いことである。さぞやスコールの 色恋の噂は楽しく面白いことだったろう。


「全く・・・。」


額を押さえて眉をしかめるスコールを見て、キスティスが微笑している。

「まんざらでも無さそうだけど?最近のあなたは前より見ていて楽しいわ・・・。リノアには元気になってもらわないと。」


そういって立ち上がった彼女は、アーヴァインと行くガルバディアへ向かう任務の前にリノアの様子を見てくると告げてその場を去った。








「そういう噂があるらしいんだ。どう思う?」


最近スコールは点滴とその他の治療器具だらけになって眠り続けるリノアに話しかけることを馬鹿馬鹿しいとも思わなくなった。カドワキも聞こえているかもし れ ないから、元気が出るよう話しかけてやるようにと言った。


「あんたが起きたら言いたいことがあるんだ。覚悟決めててくれ。」


またひどく痩せてしまった彼女を見るのはとても辛かったが真っ直ぐに彼女の顔を見て、きっと助けてやるともう一度心の中で呼び掛けた。すると静かな音を立 ててドアが開く。そこにいたのはセルフィだった。


「あ、スコールも来てたんだ。お姫様はどう?」

「噂を流したのはお前らか・・・。」


お姫様という言葉に溜め息を付いてスコールがいうと、セルフィが笑う。


「まあ否定はしないけどね。でもあながち間違ってもいないでしょ?リノアが起きたら、本当にしてあげてよ。」


最後は泣くのを堪えた声音で言ったようにも思えたが、リノアの枕元に可愛らしいくまのぬいぐるみを沿えたセルフィの顔は死角になってスコールには見えな かった。


「リノアは天使なの・・・血に汚れた私たちの手もちゃんと見て、それでも握手してくれるの。」


SeeDという仕事をしていれば、傭兵という立場上自ら手に掛けた人の人数は両の手の指を足しても足りない。SeeDは見習いの頃から実践を兼ねて危険な 戦場に送られる。やらなければやられる世界だ。まだ死ねないと思う理由があって、どうしようもなかった。


「私は人を手に掛けたことを後悔なんてしてへん。命がけの戦場でためらうことは逆に失礼なことや。それに孤児のうちらを拾ってくれた学園長にずっと恩返し したかった。・・・でも後悔してない自分がとても怖かったん。」


スコールは黙って聞いていた。セルフィは優しくリノアの額を撫でる。

「うち、アーヴィンが大好きや。今までその気持に応えられんかったんは、戦場でアーヴィンと会ってもきっとためらわず戦える 自分に疑問を持ってた。……アーヴィンもきっとそう。だから女好きの振りして決定的な何かを避けてた。私と戦えなくなる理由をはっきり作るのが、SeeD としての彼を躊躇わせて た。」

すっと天井を見上げたセルフィは、スコールに言うともなく呟いた。


「リノアは大丈夫だって言った。「セルフィ」には大事な人を守る力があるって、いつか最悪の結果が待っているのなら尚更、アーヴィンとの時間は今しかない んだって。私、綺麗ごとだって笑い飛ばせなかった。」

セルフィはにっこり笑ってスコールを振り返る。


「そうだといいな、て思った。私にはアーウ゛ィンを守る力があって、アーウ゛ァインも私を守れる力を持ってる。だから、どんな未来も怖くない。」


スコールは静かにセルフィの言葉を聞き、眠るリノアに視線を動かした。セルフィもまた愛しそうにリノアを見やる。セルフィはリノアの言葉に救われた。

彼女の嘘のない心からの言葉。
今を大切にすること。
自分の気持ちを守る力にかえること。


「リノア、目を覚まして。私アーウ゛ィンの気持ちに応えようと思う。リノアが倒れる前の日に決めてたの。任務から帰ったら夜通し話そうと思ってお菓子も 買ったんだよ。」


がんばって!応援してるからね。リノアの声が聞こえたような気がしてセルフィの目から涙が溢れた。







「あんた、俺の知らないところでいろいろがんばってたんだな。」

スコールはベッド脇の椅子に座って呟いた。あの後セルフィは部屋まで送るとのスコールの申し出を丁重に断って部屋に帰った。
そんな暇合ったらお姫様に目覚めのキスでもしてあげて、と悪戯っぽく笑う。

「でもさ、スコール変わったね。優しいこと言えるようになって、リノア効果やね。・・・好きなんでしょ?リノアのこと。」







「キス・・・か。」


リノアが産まれたときも卵にキスしたようなものだった。思い出せば、偶然とは言え唇が卵に触れたのはスコールも分かっていた。しかしまさか御伽話でもない 限り「目覚めのキス」が有効だとも思えない。


「何よりお前・・・まだ俺の気持ち聞いてないんだから、そんなことできないだろ。」


レナードのあの行動と自分が同じことをするわけにはいかない。例えリノアがスコールのことを好いていて、彼も彼女を好いていても。

「お前、本当に飯食ってたんだろうな。」


つい責めるような口調になってしまったスコールがリノアにこっそり謝ったのは、リノアが眠ってから七日目のことだった。








「リノア・・・どうなんですか?」


リノアが眠ってから十四日目。ゼルは任務で軽い怪我を負って保険室に来ていた。
カドワキは少し驚いた顔をしてから、小さな子供を誉めてやるときのような優しい笑顔になる。


「リノアが怖かったんじゃないのかい?スコールの痣を見て叫んだろ。」


ゼルは罰が悪そうに下を向き、そして言った。


「最初は正直、化け物だって思いました。俺、小さいとき夜の森に捨てられたんです。暗くて怖くて、次の日にたまたま俺の泣き声を聞いた親切な村人に拾われ るまでずっと震えてました。」


ゼルが顔を上げてカドワキの顔を見ると、カドワキは頷いて先を促した。


「言い訳になるけど、それがトラウマになってるんだと思うんです。この年になっても、暗闇も化け物も怖いんです。」

そして意を決したように頷くと、カドワキに告げた。

「俺、スコールに紹介されたときはがんばって笑顔で挨拶しました。正直、可愛いとも思ったし。だけど始めて二人きりになった とき、俺言っちゃったんです。俺、リノアが怖いって……。」

「ゼル・・・。」

「リノアは私も私が怖いんだよ、て言いました。何よりも自分が怖いんだって。自分が怖いってことがよく分かりませんでした。 リノアは俺が正直に言ってくれて嬉しいと言いました。怖がってるの分かったから、無理してる俺を見るのが辛かった、て。」

ゼルは泣いていた。


「リノアは人の心に敏感でした。鈍感なとこもあるのに、気付かなくてもいい人の嫌な心にはすごく・・・。リノアは確かに俺達と違う。でも夜の森で暗闇と恐 怖に震えてた俺と、リノアは一緒だと思ったんです。自分が何者か分からないという不安とか、自分だけが周りと違うとか、分かってしまう人の嫌な心だと か・・・。恐れられる恐怖みたいな。」


もうゼルは子供じゃないし強いから、化け物が出てきても倒しちゃえるね。リノアはゼルの顔に入れられた刺青を見て言った。幼かったゼルの記憶に残った、強 くて優しい彼自身の祖父の顔にあった刺青と同じものだ。軍人であった彼のように強くなりたくて、傭兵養成機関ガーデンに入 るなり顔に彫った。リノアにその話をしたのは始めて会ったその日だ。


強くなりたいという決意の証。
怖かったのは暗闇。
怖かったのは正体の知れない何か。
何より怖かったのは、暗闇の中、幼くても分かった実の親に捨てられるというとてつもなく重たい事実だった。


「リノアに言いたいんです。俺は昔より強くなったからもう怖くないって。でも今度は倒すだけじゃなくて、受け入れたい・・・俺が弱虫だったせいで、リノア を傷付けたかも知れない。ごめん、て。」


カドワキは微笑んでゼルのワックスで固めた髪を痛いほど強く撫でた。


「リノアに会って行きな。きっと待ってるから。」








10 〜 御伽噺