「もう駄目だ。やっぱりリノアは人間の栄養じゃ生きていけなかった。」











神様はいつも君を見てる 〜御伽噺〜












魔法課の研究員が小さく呟く。そして無機質な途切れ途切れの機械音。それがだんだん間隔を大きく空けて、遂にツーと言う長い長い音になった。



「嫌!!嫌ぁー!!」



いつの間に居たのか、セルフィがリノアにとりすがる。
隣にいるアーウ゛ァインが泣き
叫ぶセルフィを抱き締めて落ち着かせようとする。
しかし酷い顔色で、彼も今にも泣き出しそうだ。
キスティスは青ざめた顔で幼い子供の様に震えている。
ゼルは任務だろうか、ここにはいない。
しかしドクターカドワキがすぐにゼルも来るだろうとうなだれて言う。


そして自分。


心臓が冷たく感じる。そんなことあるのだろうか。
流れている自分の血が冷たいからだろうか。
寒い。
とても寒い。
震えそうになる体。
息も苦しい。
泣けたらいいのに。
楽になるかも知れない。
周りに集まった人々のように。

見舞いの花に囲まれて眠るリノアは美しい。
出会った頃と変わらない白く細い肢体。
漆黒の髪、睫。薔薇色の頬。


早い、乱暴な足音がする。
急いで帰ったのだろう、荒い息で泣きながら、しかし呆然とした声でゼルが言う。























「リノアが、死んだ・・・?」





止めろ。言うな。





目が覚めたスコールは任務地で仮眠をとっていたことに気付く。夢を見たのは久しぶりだった。そのため体の疲れはあまりとれず、任務にやって来ても彼女のこ とが頭から離れない自分に苛立つ。


(関係無く、ないんだな。)


交代だ、とスコールに声をかけたSeeDが疲れた溜め息をひとつつはいて座った。
リノアが眠り始めておよそ一ヶ月たつ。彼女の肉体は限界に近かった。















帰って来たスコールを待っていたのはキスティスだった。カードリーダー近くの壁にもたれかかっていた彼女は、スコールに気が付くと視線を合わせる。



「話しておきたいことがあるのよ。聞いてちょうだい。」








それはリノアが倒れた日のことだった。相変わらずリノアは痩せていくばかりで、それにともなって食事の量も減っていた。


「食べなきゃだめよ。」



グラタンを半分食べたところでフォークが止まってしまったリノアにキスティスが言う。アーウ゛ァインも心配そうにリノアを覗き込むと、少しおどけて言う。

「スコールだって心配するよ。これから僕はスコールからの引き継ぎの任務だから、交代の時にスコールに報告しちゃうから ね。」

リノアはグラタンをもう一口頬張って苦笑する。こくり、と飲み込んで困ったように言った。

「嫌だな〜。怖いから言わないでね。」


キスティスはやれやれと肩をすくめる。リノアがもう一口グラタンを頬張るのを見てから、静かに声をかける。

「食べ終ったら一緒に図書館に行きましょう。だからがんばって食べるのよ。みんなあなたが大事なんだから。」

キスティスの胸はもう痛まなかった。リノアを羨ましく思う気持ちは変わらなかったが、それはリノアを嫌いになる理由には ならないのだと知ったかだ。リノアは嬉しそうに頷いてグラタンをもう一口頬張った。





少し駆け足でキスティスの前を歩くリノアは顔色が悪い。キスティスは急ぐようなリノアの行動が不安でならなかった。SeeDとしての勘が働いていているの は分かっていたが、今回ばかりはそれが嘘であって欲しいとキスティスは願う。

「ふふ・・・リノア、そんなに慌てなくても図書館は逃げないわよ。」

不安を押し隠すようにリノアに声をかけるキスティスは、自分にとって最悪の展開を考えずにはいられない。キスティス は、もしリノアが学園内の人々に危害を加えそうになれば彼女を殺さなくてはならない。例えそれが学園長からの命令でなくとも、そうせねばならない。自分は リノアの友達だが、ガーデンを守るSeeDであり教員でもある。守りたいものが多すぎてキスティスは戸惑っていた。

「うん・・・それでも、急がなきゃいけないような気がするの。」

図書館に着けば、リノアの目的は決まっていたようで真っ直ぐに歩いていく。キスティスは人が多い場所に彼女を連れてきた のは間違いだったかもしれないと思う。だがキスティスはリノアを信じたかった。ガーデンの人々に好かれ、誰にでも優しさを振り撒いた彼女を。
リノアがいなければ自分は今も走り続け、いつかは一歩も動けなくなるほどに疲れきってしまっていたと思う。自分を救ってくれた彼女を救うことは出来ない が、せめて信じようとキスティスは誓った。リノアはガーデンの人々を傷付けることなど決して望まないだろう。もしリノアがそれを望んだら、それはもうきっ とリノアではない。

「これ・・・。」

小さな指先がいつかの童話の本を捕える。

「私ね・・・スコールが好きなの。」

キスティスは驚きながらもリノアの告白を静かに聞いた。リノアの顔色は先ほどから悪くなるばかりだ。

「助けてもらったからじゃないの。私は産まれてから、ずっと彼が好きだった。」

リノアは自分の指が少し震えているのに気が付いて、強く拳を握る。力が全く入らない。何故だろう。いつからだろう。本を 開けば白雪姫が丁度毒の林檎を頬張るシーンだった。








目の前が暗い。
怖い。
背中が熱い。
体の中で畳んだ羽が燃えているのかと思う。
ただ、怖い。でも・・・。









「私は、王子様のキスをもらえないね。」


キスティスが次に見たのは、本を抱いて驚くほど穏やかな顔で倒れ伏したリノアだった。






「本当は、私の口からあなたに伝えるなんてしたくないのよ。」



スコールはリノアが倒れる直前の様子を聞いて、神妙な面持ちになる。リノアは何を思ってそんなことを言ったのだろうか。キスティスは震える声で続けた。

「私だってあなたがリノアのことを何とも思っていないようだったらこんなこと言わないわ。尚更ね。
でも誰にも心を開かなかったあなたが、リノアだけには心を許した。そしてそれをきっかけにして少しずつ周りの話を聞くようになったわ。
あなたの世界を開いたのが、あの頃のあなた自身だなんて思い上がったことを言わないでね。」


「分かってる・・・。」



キスティスは少し力を抜いて、意を決したようにスコールに言う。

「だったら、リノアにキスしてあげてちょうだい。」



彼女は真剣そのものの表情だが、スコールは眉をしかめて彼女を見返した。

「ふざけているのか。」

「違うわ!信じたいだけ!リノアはそれで救われるって。」

「白雪姫のおとぎ話を再現することで、眠るリノアにキスして尊厳を汚せとでもいうのか。」

キスティスは泣きたい気持ちになる。言いたいことがここまで言葉にならないのは生まれて初めてだ。

リノア、どうしたらいい?私に何ができるの?



「リノアが例えそれを望んでいたとしても、俺にはそんなことはできない。何も受け入れてこなかった俺が人を救えるリノアを愛する権利も無いんだよ。」

「馬鹿!!」



スコールが言った言葉を、キスティスが叫ぶように打ち消した。



「権利ですって!!私達は今、何の話をしているの!あなたに権利があろうと無かろうと、このままならリノアは保険室のベッドでただ死んでいくのよ!孤独だ から、愛されたいから、何より周りを愛したあの子をあなたは好きなんでしょう!・・・私だって、王子様のキスが有効だなんて思ってないわ。それでもリノア を孤独のままに死なせる気もない。私も含めて、ガーデンのみんなはリノアが好きよ。でもリノアの一番欲しがったあなたの愛なのよ。それが今、ここにある の!愛することに権利なんかいらないの!リノアが私に教えてくれた言葉よ。彼女が言えないから私が言うの。
リノアにキスしてあげて。それだけできっと彼女の心は救われる。」



キスティスはそれだけ言うと、張り裂けそうな胸の奥でリノアに謝る。



もしかしたらあなたを傷付けることになるかもしれない。でも黙って王子様のキスを待つなんてあなたならしないわよね。
もし傷付いたなら、あなたのちゃんとした言葉で私を責めて。




キスティスはスコールの反応を見もせずに、走り去った。
スコールはキスティスの言葉を静かに受け止め直す。私室に戻り、ベッドに寝て考え事をしているとあの時のことを思い出した。

リノアと出会った日のことだ。

白い羽を持った彼女はここで孤独と不安に震えていた。
それからの日々で、愛想の無い自分に臆すること無く微笑む彼女が日常の風景に溶け込んだのはいつのことだったか。
いつもはそんな様子を見せもしないのに、彼女はごくたまにひどく寂しそうな顔をすることがあった。それは幼い頃に家族と引き離された自分の顔と似ていて、 出来れば見たくないと願った。彼女の寂しさに気付きたくなかったのは、それが自分の寂しさを思い出すことに繋がるからだ。
強くなることで忘れようとしたあの寂しさを。
救急医務室の中は晩春を向かえたバラムの少し乾いた清々しい風も感じられない。リノアはそこで今も孤独なのだろうか。






スコールは立ち上がる。

リノアに会おう。

会ってそれからのことはまだ自分にも分からないが、今はただ彼女に会いたかった。
男子寮の廊下に出ると足早に歩き出す。
初めて会った日以来泣いていないリノアの泣き声が聞こえた気がして、スコールはその時駆け出している自分に気が付いたのだ。
足が急ぐ理由は何か。
リノアを救うということが、自分を救うことに繋がるのか。




「お前、キスティスが言ったこと本当なんだろうな・・・?」



リノアの前髪を柔らかくすきながらスコールは確認する。答えは返ってきそうにも無いが、それでもいい。



「馬鹿って言われたんだぞ、俺。・・・本当に馬鹿だからな。」

青白い顔をした彼女は痛々しくて、でも目を反らすことは彼にはとてもできなかった。
ドクターカドワキは彼女を一生懸命治そうと今日も奮闘していたが、スコールがやって来ると優しく微笑んで席を外した。



「眠るあんたにこんなことするなんて、本当に馬鹿だ。あんたの声が聞きたい。笑って・・・それから泣いてくれ。我慢なんてしなくていいから。
あんたの目の色だって俺、忘れそうなんだぞ。」



嘘だ。
忘れられない。
初めて会った時からずっと。
何故か懐かしい黒い瞳。

「俺ができることは今はこれしか無い。誰にも言うなよ。リノアが起きたら……」



そこからは先は言えなかった。そしてスコールは生まれて初めての気持ちと供に、リノアにそっと口付けた。
柔らかく、冷たい唇。
スコールはそっと唇を離すと、少し赤い顔でリノアに呟く。



「起きてくれよ。」

















動かなかった冷たい手が少し揺れる。
リノアの頬に赤みが戻る。
色付き始めた唇は、薔薇の様な美しい赤だ。
スコールは泣きたくなった。




どこにでもあるような安っぽいおとぎ話だ。
ご都合主義で綺麗事に満ちた話だ。
女の子が誰でも憧れる夢のような幸せな話だ。



「ぇ・・・?スコール?」



鈴の様な声。黒い瞳。



「話したいことがあるんだ。」



声にならなかった願い事の続きは、目覚めた天使がきっと最初に聞いてくれる願い事になる。









11 〜抱擁〜