「ふ・・・うわ、リノ・・・良か・・・うわあああん!!」
神様はいつも君を見てる 〜抱擁〜
セルフィは溢れだした涙を止められずにむせび泣いていた。アーヴァインもその横で涙を溢しながら頷いている。二人の手は固く 結ばれていた。
ゼルはごめんと繰り返しながら、リノアが起き上がっているベッドの隅のシーツに顔を埋めてしゃがみこんでいる。その声が細かく震える。ドクター
カドワキも目を少しうるませながら、キスティスもすぐに来るはずだとリノアの診察を終えた。
「ありがとう、みんな。心配かけてごめんね。」
リノアは涙声になりながら、優しく微笑む。ゼルが突然立ち上がった。
「んな水臭いこと言うんじゃねぇよ!ふ・・・えっ。」
一声上げたと思ったら、急に泣き始めたゼルはそのままベッドから上半身だけ起き上がっているリノアに抱きついた。
「ゼ、ル?」
「!?」
「!!」
セルフィの獲物であるヌンチャクがゼルの頭にヒットする。アーウ゛ァインは苦笑いして、振りほどかれてしまった手を所在なげに振った。
「ゼル!リノアになんてことすんの!いっくら嬉しいからってマナー違反やで!!」
嬉しさと怒りのない混ぜになった興奮で、セルフィは方言が丸出しだ。ゼルは聞いているのかいないのか、頭を押さえてベッドの脇に座り込む。
「・・・あんた達、リノアを疲れさせるために来たのか?」
一連の騒動をスコールは見た後、呆れたような声で言う。リノアはそれを聞くと慌てて周りを見渡す。
「私は疲れたりしないよ。みんなが心配してくれて、申し訳ないけど嬉しいもん。スコールも、ありがとうね。」
アーヴァインがうつ向くスコールににやにやした顔を向けると、彼はそれに気が付いて眉根を寄せる。それに肩をすくめると、アーヴァインはにっこり笑ってリ ノアに手を振った。
「とにかく無事で嬉しいよー。これからは無理せずにスコールに言うんだよ?」
セルフィがその場で飛びはねながらその言葉に反応する。もちろん、彼女特有の外はねカールは生き生きとして見えた。
「何、何、なーに!?もしかしてスコール本当に王子様のキスしてリノアを起こしたの?」
「え、え……えぇ〜!?」
リノアは勝手に進んでいた話に、顔を真っ赤にして慌てている。早速するどいセルフィにスコールは平静を保つとそれを無視してリノアに問う。
「気分は?」
「え!?あ、へ、へーきで元気だよ。」
「そうか。」
安心したようにほっと息を早くスコールにセルフィがわくわくと体を震わせて、まだ答えを期待できない質問を続ける。本当によく体力が続くものだとゼルが今 度は頭の痛みに涙ぐみながらセルフィの大騒ぎを聞いていた。
「リノア!」
ガーデンで授業をしていたキスティスが通信を受けて駆け付けた。ドクターカドワキが驚いてキスティスを振り替える。
「キスティス、まだ授業中じゃ?」
「自習にしてきました。リノア・・・ああ、良かった。顔を良く見せてちょうだい?」
生真面目で潔癖気味のキスティスが自分の授業を切り上げたという珍事に、スコールも含めて周囲が目を丸くする。
リノアはそんなことも知らずにただキスティスの来訪を喜んでいる。ただやはり、少し申し訳無さそうだ。
「さて、そろそろリノアを休ませておやり。」
ドクターカドワキの一声で、名残惜しそうにしながらも皆が寮に帰る。リノアは自分が倒れて、三ヶ月余りも眠っていたことが信じられなかった。皆が去った部 屋でもう一度自分の体を確かめるが、あの時のようなだるさも無く全く 健康に思える。
(私、人間じゃないからわかんないな・・・。なんで私目覚めたんだろう。まさか本当にスコールが・・・って違う違う!もう!!誰か私の妄想頭をどうにかし てぇ!
……それに私、あのまま死んじゃった方が……)
自分の目覚めにみなが喜んでくれたことが素直に嬉しかったリノアだが、自分だけが知っている彼女自身の「秘密」に表情を曇らせる。
誰かに言わなければいけないのに、怖くて言えない。自分が眠っていた三ヶ月の間に異常が無かったのなら、尚更そのまま自分は……
そこまで考えたところで、医務室の扉が軽くノックされた。リノアは居住まいを正すとドアの向こうに聞こえるように、少し大きめの声で返事をした。
「はい、どうぞ」
静かなドアの開く音と供に現れたのはレナードだった。レナードはリノアの翼の存在を知らない。倒れたリノアを運んだ後にセルフィが彼に嘘の説明を していた。
「リノアは持病があって、しばらく面会謝絶だよ。周りの人には病気で里帰りだって言ってあるけど、ガーデンで療養することになったの。皆には黙っておいて ね。この際だからゆっくり療養させてあげたいの。リノアためだから。」
見舞いも禁止されてしまったレナードだったが、キスティス、ゼル、アーヴァイン、セルフィ、そしてスコールがよく医務室に出入りしているのは見ていた。
何故リノアの病気のことを知っている中で自分だけが彼女に会えないのかとやきもきもしていたが、説明のときのセルフィの泣き出しそうな顔がストッパーに なって結局何も出来なかった。
ついさっき偶然に会ったアーヴァインとキスティスが、もうリノアに会っても良いと言ってくれたときには正直とても嬉しかった。
今目の前にいる彼女は前よりも痩せてしまったが、元気そうに見える。レナードは心底ほっとした。
リノアはレナードの訪問に嬉しそうに微笑む。
「レナード。ベッドの上からでごめんね?こんにちは。」
「や、やあ。えっとさ・・・体、大丈夫?」
「うん、もう平気だよ。倒れたときレナードが私をここまで運んでくれたんだよね。ありがとう。」
レナードはほっとしたように笑うと、突然頭を下げた。リノアはレナードの突然の行動に驚く。
「あの時リノアは意識がなかったし、言おうか・・・迷ったんだけど。」
「う、うん。」
改まった様子のレナードにリノアは不安になったが、とりあえず最後まで話を聞こうと促した。
「俺、眠ってるリノアに・・・キス、しようとしたんだ。」
「!?」
リノアは身をこわばらせた。レナードは予想通りのリノアの反応に悲しそうに自嘲すると、付け加える。
「ごめんな・・・でも未遂なんだ。俺、スコールに見付かって殺されそうになったよ。」
「スコール・・・が?」
リノアは驚いた様にレナードに聞き返す。レナードは真剣な顔になり、頷いた。
「リノアってすごいやつだよ。ガーデンって・・・傭兵学校だろ?俺がいうのもなんだけど、やっぱりまともじゃないんだよ。いつも誰かが心を病んでる。みん な歳はもいかない若僧だけど、人を殺したり傷付けたりもしなきゃいけないんだ。当たり前だよな。自分で選んだ道なんだ。学園長は去る者は追わないし、本当 の親みたいに俺達の幸せをいつでも願ってくれている。無理矢理やらされている訳でもないのに・・・俺達は戦うことを選んだ。」
アーヴァインと同じ葛藤をレナードも抱えていたのか。リノアは胸が痛くなる。レナードは固く拳を握り締めた。
「俺、自分がリノアが好きなんだって思ってた。でも、きっと俺は天使に会いたかっただけなんだ。自分を救ってくれる「天使」に。」
レナードはリノアの背に翼があることは知らない。しかしまるでその翼が見えているかのような言葉に、リノアは驚いた。
「リノアは俺が見ていただけでもたくさんの人を自然に癒してた。うまくは言えないんだけど・・・大丈夫だ。「ここ」にいてもいいんだ。ってみんなに思わせ てやってたような気がするんだ。」
「ここ」に、いてもいいのかな?
アーヴァインの言葉が蘇る。大丈夫だ。「ここ」にいてもいいんだ。それはなによりリノアが言って欲しかった言葉だった。そし て彼女は心底嬉しそうに笑う。
「そんなに誉められるの初めてだから、照れるなあ。でも・・・こんなに嬉しい気持ちも久しぶりだよ。」
久しぶりの涙が一粒だけ、リノアの頬を濡らした。
「行けよ。」
レナードはリノアの部屋のドアが締まると、小さな声で廊下の死角に声をかける。夕焼けせまる赤い光に照らされて出てきたのはスコールだった。
「まだまだだなー。いくら俺が諜報が専門だからって、その気配の消し方じゃあ年少SeeDだって気付くさ。」
スコールは何も言わずに視線を廊下の端に移す。端正な顔により一層陰が落ちる。スコールは何と言おうか迷った様に視線を動かさなかったが、肯定したように 小さく頷く。そして動かないレナードをそのままにリノアのいる医務室のドアをノックし、小さな返事と供に静かに部屋に入った。
「・・・はー!生意気!! 声に出せよ、声に!」
レナードはがっくりと肩を落とすと歩き始める。
彼女に天使の幻を見ていたのは自分。それは救われたかったからだ。
だから、彼女の天使のような笑顔を自分だけのものにしたかったんだ。
自分にそう言い聞かせるように何度も強くそう思う。嫌な考えが浮かんで来ないように。涙なんか浮かんでこないように。
「あわわ!スコール!?」
まさかノックした相手が先ほどまでここにいた彼だったとは、夢にも思わなかったリノアは慌てに慌てる。
「?・・・何か、悪いのかよ」
リノアはシーツを引っ張りあげると、思わず赤くなった顔を隠した。そしてくぐもった叫ぶ。
「恥ずかしいの!オンナゴコロよ!私・・・もう死んじゃうかと思ったから、スコールに告白したのに!!」
リノアが目覚めたとき、スコールは小さく何かを呟くとそのまま持っていた端末でドクターカドワキを呼んだ。リノアは訳が分からないままだったが、カドワキ がが駆け付けて事情を説明したのだ。
スコールは恥ずかしさのあまりに大騒ぎするリノアを見て、怒ったような荒い溜め息をつく。そしてゆっくりとベッドに近付いてきた。リノアは不安で体が震え た。
(ふられちゃうんだ、私。世間知らずな馬鹿だから・・・。人間じゃないし、当たり前だけど。悲しいよぉ。)
それでも唇を噛み締めてリノアは泣くまいと堪えた。
(ここで泣いたらまた困らせるもん!)
リノアは顔を上げていることが出来なくなってうつ向く。しかし振ってきたのはいつものような冷たい彼の言葉では無かった。リノアはうつ向いた頭に優しい感 触を感じて、少し呆然と呟く。
「な、何してるの?」
頭を優しく撫でられて、いつにない彼の態度に更に不安を煽る。
「・・・いや、なんだか丸くて触り易そうだったから。」
「な!?なん・・・」
緊張していた時に聞こえたスコールの無神経な言葉に、リノアは怒って顔を上げた。しかし憤りを表す言葉は、そのまま彼の口内に吸い込まれてしまう。
リノアは先ほどから驚くことばかりで、今度こそ心臓が止まるのではないかと思った。背中がむずむずしてたまらない。
羽が出てしまいそうで、リノアはぼんやりした頭で必死にそれを止める。
私、今スコールとキスしてる。
熱い。
背中も、頬も。
指先まで。
ようやく唇が離され、リノアは涙に潤む瞳で苦しそうに言葉をつむごうと口を開く。
「……は、スコー、ル。」
「黙ってろ。」
しかし彼の名を呼ぶと同時にまた深く口付けられ、彼の舌の熱さを口内に感じてリノアは体をこわばらせる。スコールはそのままリノアの体を抱き込んだ。
気持ち良い。
痺れた頭でスコールは思う。リノアがまた、笑ったり落ち込んだり怒ったり、くるくると表情を変える様を見ていたら愛しくて我慢が出来なかった。あれだけ無 粋な真似をしまいと決めていたのに、一度タガがはずれたらこの様かとスコールは自分に呆れ果てる。
しかし今は頭の大半がリノアのことで占められてしまい、冷静な判断をスコールから遠ざけている。長い口付けが終って互いの唇が離された頃には、リノアは一 人で体を起こすこともままならなくなっていた。
出会ったときのようなバラムの美しい夕焼けが、白いシーツを赤く染めている。リノアは余韻覚めやらないままの赤い頬でスコー ルに問う。しっかり抱き締められたまま、じっと肩越しに向かいの壁を見つめたまま。
「な、んで・・・キス、したの?」
耳元で聞こえる彼女の甘ったるいソプラノに、スコールは鼓動を更に早める。彼はまだ少し迷っていた。
本当に、リノアはそれでいいのか。彼女の気持ちを疑うわけでは決してない。子供っぽく世間知らずだが、彼女は自分の気持ちを間違えたりはしない。
「スコール・・・答えて?」
自分でいいのか。人を何年も受け入れてこなかった、そんな自分で。葛藤の中、それでもスコールはこれ以上辛そうなリノアを見ていたくはないと思う。
今は、それが全てだ。
「その・・・。」
「うん。」
「俺は、あんたが・・・。」
「う、ん。」
こんなことを言うのは生まれて初めてだ。
幼い頃に激しい戦争の最中母親とは引き離され、頼りにしていた親代わりの姉もすぐに行方不明になってしまった。
産まれた時には消息不明だった父親は、今も見付かっていない。
もう誰も愛さない。失っては泣いていた幼い頃の自分に決別したかった。
でも今度は、失ったりしない。決して。自分のために強くなりたかった。
「好き、だ。」
自分でも不思議なくらい、するりと出た言葉だった。なのにその重みは計り知れない。
リノアは人間ではないのだ。
「ありがとう。」
今はただ彼にすがりついて泣くリノアを、スコールは抱き締めてやることしか出来なかった。