神様はいつも君を見てる 〜花輪〜
「リーノーアーせーんーせー!!」
年少クラスの子供達が、リノアの私室のドアを叩く。皆うきうきした顔をして、背中には小さリュックが背負われている。まだ朝も早いというのに寮の廊下に響 きわたる幼い声に、通りすがりのSeeDが苦笑する。
不意に扉が開いて、黒髪の少女が顔を覗かせる。相当驚いているようだ。
「み、みんな!?駄目だよ、そんなに大きな声出しちゃ!それに集合は正門前に0800時でしょ?まだ全然時間あるでしょ?」
「だって嬉しくて待てないんだもん。」
「あー、先生寝癖付いてる。」
「先生がまたお寝坊しないように、来たの。」
聞こえてきた声に思わずSeeDが吹き出すと、リノアはそれに気が付いて顔を赤くする。リノアは小さく彼女に礼をすると、とりあえずこのままにはしておけ ないので彼らを部屋に入れた。
「じゃあみんな、先生も急いで準備するので良い子で待っててね。ここにあるお菓子なら食べてもいいよ。」
バスルームに着替えと供に飛込んだ彼女は、はーいと言う返事を聞いてとりあえずは一息付いた。
シャワーを浴びて着替え、軽く化粧をすると部屋に戻る。子供達はお菓子を食べながら静かにしていた。中にはいつも以上の早起きのためにうとうとしているも のもいる。
「先生、準備できた?」
「出発しよ!」
「こらこら!引率のSeeDを待ってようね。いくら近場でも、私だけじゃ危ないから。」
本当に待ちきれない様子の子供達をなだめつつ、急いで「引率のSeeD」に電話する。
リノアが目覚めてから一週間が経とうとしている。スコールはドクターカドワキだけにリノアが目覚めた経緯を話した。学園長に も当然連絡がいっているだろうが、あの二人はきっと深入りはしないだろう。
リノアが倒れた理由も、そして目覚めた理由もまだ調査中だ。まさか「王子様のキス」で、と報告書に書くわけにはいかない。あのキスが何かのきっかけには なったのかも知れないがリノアの体は翼以外は人間であり、これといった原因が分からない。現段階では魔法課が「天使」伝説の研究チームを組んで調査中だ。
そしと目覚めたリノアといえば、やはりあちこちでひっぱりだこになった。特に年少クラスからは、リノアが眠っていたおよそ一ヶ月の間に彼女に会いたいのだ といってぐずる子が多かった。彼等の世話に疲れ果てた教員が「リノア先生が帰ってきたらピクニックに一緒に行けるから今は我慢よ」とついついそうなだめた ところあっという間に彼等は大人しくなった。しまったと思った時にはもう遅く、彼等は「良い子にしてないとピクニックにつれていってもらえない」という ルールまで勝手に作ってしまっていた。
確かに定期的にピクニックはあるが、保険員とピクニックなど聞いたこともない。しかし事情を知らない教員は、「病気療養のために少しの間だけ里帰りしてい るリノアが元気になって帰って来たら、是非彼等をピクニックへ連れて行ってあげて欲しい」と学園長に訴えた。シドは返事に困ったが、リノアが帰ってきたら 相談してみましょうとだけ言った。
そして幸運にもリノアは元気になって目覚め、次の日には大丈夫だから仕事に復帰したいと言い始めた。彼女は「ここ」にいる理由が欲しい、お荷物にはなりた くないと言ったが、当然心配した周囲の人々に止められた。リノアは皆の心配をしっかり受け取って、少し胸の痛みを感じながらもその後一週間医務室で過ごし た。そしてピクニックの話も、お目付け役のSeeDを連れて行けば良いという理由で話が通ったのだ。
「も、もしもし? おはよー。」
「んぁ?・・・リノア?どうしたのー?」
電話の向こうから聞こえてくる寝惚けた声に、リノアはすまなさそうな声を出す。
「そうだよー。あのさ、年少クラスの子供達が待ちきれなかったみたいで私の部屋に来ちゃったの。このままここで時間まで待機させ る?どう?セルフィ。」
引率のSeeDとはセルフィだった。ピクニックの引率の話が出たときに彼女は真っ先に立候補し、リノアは知らないが結構な競争率の中から勝ち残ったのだ。
「あー・・・よし!!私もリノアの部屋に行っていい?任務違反の年少クラスにお灸据えなきゃいけないしね。それで時間まで待とう。もう二時間も無いし。」
冗談めかしたセルフィの言い方に、リノアは楽しそうに笑う。
「うんうん。もちろんいいよ。お灸は私も手伝っちゃうから!じゃあ待ってるね。」
「うん。ぁ・・・あー!!ちょっと待って!」
電話を切ろうとしたリノアは、セルフィの大声に驚いて受話器を落としそうになった。
子供達は不思議そうな顔をしてリノアを見たが、彼女が微笑んで大丈夫と手を振ると頷いてまた遊び始めた。
「もう、セルフィ!急にどうしたの?」
「リノア、部屋をめっちゃ綺麗に掃除しとき!!ファーストインプレッションが大切やで!」
いきなり方言丸出しになってしまったセルフィに、リノアは唖然とする。
「ちょ、ま、セルフィ!?」
「あかん!急がな!ほな、十分以内には行くから!!」
「何!?セルフィ……」
ツーツーという音が聞こえて、リノアは溜め息をつく。
ファーストインプレッションとはなんだろう、とリノアは頭を捻るが出てこない。部屋の掃除をしろと言っていたが、意味が分からない。
子供達が電話が終ったリノアの足元に集まって遊んで欲しいとせがみはじめたので、リノアはとりあえず子供達と遊びながら部屋をざっと片付ける方法を考え始 めた。
「リ・ノ・ア、せんせー。」
しばらくすると、セルフィの楽しそうな声と供にノックの音が聞こえる。
子供達は部屋を片付けながらリノアが語るおとぎ話に耳を傾けていたが、その声を聞いてはしゃぎたす。
「SeeDティルミットだー!」
リノアは全員の分のお茶を紙コップに出しながら、一番ドアの近くにいた少年に声をかける。
「先生今手が離せないから、ジャン出てくれるかな?」
「うん!」
ジャンと呼ばれた少年はそのまま立ち上がって、ドアに向かう。年少クラスでも背が高い彼は苦労せずにドアを開けた。
「あ・・・。」
「ん?どうしたの?・・・スコール!?」
ドアの外には不機嫌そうに眉を潜めたスコールが立っていた。
後ろでセルフィがピースサインをしており、もちろん外に大きく跳ねた髪は今日も一段と元気そうだ。
「起こされた・・・。」
特にスコールにとっては、朝からセルフィのテンションは辛いだろう。黒のティーシャツにブラックジーンズを合わせた、なかなか見られない私服のスコールに リノアは鼓動が早くなるのを感じた。
「せんせ、お話の続きー。」
リノアの服を軽く引っ張って、少女がおとぎ話の続きをねだるまでリノアは動くこともできずに固まっていた。
「あ、うん。ちょっと待っててね?」
とりあえずはセルフィとスコールを部屋に入れて、足りなくなった紙コップを取りにキッチンに向かう。
チョコチョコとセルフィが近付いてきて、後ろからリノアに抱きついた。
「んっふっふ♪今日、スコールも休暇だってゼルが言ってたんだよね。」
「もう!意地悪!!」
「リノアがピクニックにも一緒に行きたいって言ってた、て言っといた。」
リノアはセルフィの行動に唖然とした後、盛大に顔を赤らめた。
「行きたいよー!行きたいけどー!!・・・私はお仕事だもん。」
「だから、私もアーヴィンも一緒に行って手伝うんだから少しでも二人で話しなよ。」
にやにやと笑うセルフィはそのままリノアの手にあった紙コップを取る。リノアは行き場の無くなった手を閉じたり開いたりしながらセルフィに問う。
「いいのかな。私、そんなことしちゃって。」
「いいに決まってるじゃーん!!ガーデンは節度ある恋愛は禁止してないしさ。
一線越えるんじゃあるまいし、二人で話すだけなのに誰もガタガタ抜かさないって。」
セルフィがカラッと笑う。リノアは顔を赤らめて口をパクパクしている。
「一線、越える・・・って。」
「あはは!まあ例え話だけどさ。リノア真っ赤でかわいー!」
セルフィはまたリノアに抱きつくと、そのまま手を引いて部屋に戻った。
リノアの部屋はSeeD寮の一角だが、部屋はそれほど広くない。リノア、スコール、セルフィと子供が6人居ればかなり狭くなる。現にスコールは座るに座れ ず、部屋の隅に静かに立っていた。
スコールは任務が昨日の夜に終わり、今日の休暇を利用して寝溜めしておこうと思っていた。が、それはけたたましい電話のベル で崩される。
セルフィからリノアがとても弱り果てているとの連絡を受けて急いで部屋を飛び出すと、そこにはセルフィがにやにや笑って立っていた。
「なんなんだよ・・・一体。」
「リノアね、ピクニックが待ちきれない子供達に部屋に押し掛けられちゃって困ってるの。」
スコールは脱力すると部屋に戻ろうとする。するとセルフィは溜め息をついた。
「あ〜あ、スコールが行ってくれないなら仕方ないな。・・・そうだ、レナード呼ぼうっと。」
スコールの肩がヒクリと動いたのをセルフィは見逃さない。
朝も早い男性SeeD寮に、ガーデンで一番のお祭り好きの少女が立っている。これで何も起こらないはずはないだろう。
「アーウ゛ァインを誘えばいいだろう?レナードだって仕事かもしれない。」
なんだかんだと部屋に入る前に足を止めたスコールに、セルフィは笑い出したくなる。
「もちろんアーウ゛ィンも誘ったよ〜。子供達とリノアを保護しながら、イチャイチャしよっかな♪て思ってね。でもそれじゃリノアが寂しいでしょ?
だから気を使ってわざわざスコールを呼びに来たのにつれないんだもん。レナードは今日は休暇だし、リノアに寂しい思いはさせないと思うんだ。」
一体個人の予定をどれほど把握しているのか。末恐ろしく思いながら、スコールは考え込む。じゃあね、とセルフィが身を翻すとスコールが小さく口を開いた。 次に聞こえた言葉は、リノアの幸福を願う彼女にとっては何より嬉しい響きだった。
「分かった。五分で準備するから・・・だって。」
にんまり笑うセルフィを見て、リノアは恥ずかしさの余りに下を向く。スコールは同時に視線を明後日の方向に向けた。涼しい顔をしているが耳が真っ赤だ。
きゃらきゃらはしゃぎながら歩いていた子供達はそんな二人を見て不思議そうに首をかしげ合う。
「やめなよ〜。セフィ。」
ここでスコールを怒らせてしまったら意味がない。アーウ゛ァインはセルフィと手を繋いでゆっくり歩く。
「年少クラスがいるんだ。教育上に問題を為すようなことをすれば報告するからな。」
「え゛!?」
これはとんだお目付け役を呼んでしまったのだとセルフィが気付いたのは八時三十分のことだった。
「せんせ、首飾りできないの?」
「うん。不器用なんだ。」
手の中で歪んでしまった花の束に、リノアは少し落ち込む。ここはバラムの町からほど近い丘だ。バラムの初夏はそれほど湿気もなく、少し暑いが過ごしやすい 気候だ。この頃のバラムには、薄い色の花弁をもつ花が多く咲く。今回のピクニックでは、この花の咲く丘が目的地だった。子供の一人が立ち上がり、綺麗に作 られた花の冠をリノアに差し出す。
「イーミンが作ったの。先生にあげるね。」
そのままリノアの頭にそっと乗せると、鮮やかな色の冠はリノアの黒髪によく映えて美しかった。周りにいた少女達は歓声をあげる。
「先生、お姫様みたい!」
リノアは微笑んでイーミンの頭を撫でた。
「ありがとうね。」
すぐにイーミンの周りに少女達が集まり、上手な花の冠の作り方を教えて貰っている。リノアも混ざって聞いていたが、周りの少女達ができていることが何故か うまくいかない。リノアは自分が情けなくなった。しかし、イーミンにもらった花の冠の微かな重みがとても嬉しくてすぐに忘れてしまう。
「SeeDティルミットとSeeDキニアスがいないの。」
出来上がった花の冠で皆がお姫様に変身したところで、周りでかけっこをしていた少年達がリノアの肩をつつく。リノアは思い出したように驚いて周りを見渡す が、目の届く範囲には彼等はいない。
しかし彼等はSeeDである。任務扱いのこの仕事でそれほどはめも外さないだろう。
「あ・・・んーとね、近くにいると思うから。」
「一緒に遊びたいの。探してきてもいい?」
少年達の申し出にリノアは少し考えた後、恐る恐る提案する。先ほどから草原に寝転がり、瞳を閉じたままの青年に。
「SeeDレオンハート・・・遊んで、上げてください。」
「・・・何で俺が。」
子供達は目を丸くすると、顔を見合わせてにんまりと笑う。それが周りの子供達に伝わったのか、誰かのそれっという掛け声と供に子供達がスコールに飛び付い た。
「え?」
「あれ?」
「きゃん!」
しかし子供達が目指した場所にスコールはおらず、彼は既に立ち上がってそれを見ていた。リノアはスコールの動きの素早さに驚くが、すぐに勢い余って転んで しまった子供に駆け寄る。
「だ、大丈夫?・・・スコール!危ないんだから、受け止めてあげるくらいしてあげて!」
しかしスコールはリノアの見上げた視線の先にはおらず、そこに二人の少年が駆け込んで来るのしか見えなかった。
「遅い。」
スコールの声が真後ろから聞こえたことにリノアは驚き、いつのまにか腕に抱いていた少女も居ないことに気付く。それから先のスコールと子供達の追いかけっ こは余りに 高レベルで、リノアは皆の身体能力に彼等の生きる境遇を再認識してしまった。いつか、この子供達も生きるのに必死な目をせねばならないのか。
無性に切なくなって、リノアは丁度近くまで逃げてきていたスコールに思い切り飛び付いた。
「!?」
思いもしないリノアからの攻撃に、スコールは飛び付かれたまま踏ん張りが効かずに花畑に倒れ込んだ。
「SeeDレオンハートの負け〜!」
「先生すごーい。」
数人の子供達が駆け寄って、スコールの上に乗ったリノアの上にまた乗る。スコールの体の暖かさにリノアは少しほっとするが、体にのしかかった重みに苦悶の 表情を浮かべる。
「う〜ん・・・みんな、重いよ〜。」
「俺の方が重たいと思うが。」
スコールはそのまま少しの反動もつけずに体を起こした。歓声を上げて、子供達がリノアの背中から転げ落ちる。リノアも力が抜 けたように花畑に転がった。
少し暑いくらいの日差しの下で、リノアの水色のワンピースの裾は花畑の上に涼しげに広がる。リノアは見上げた空があまりにも綺麗だったため、叫び出したい ような思いに駆られた。そのまま自分に寄り添うように寝転がってきたイーミンを抱き寄せて、頭を撫でる。すぐに周りから私も僕もという声があがった。
スコールはその様子を目を細めて見ていた。彼女の幸せそうな顔はそれだけで周りを安心させる。
暖かく落ち着いた雰囲気の中、スコールはふと殺気を感じて素早く後ろを振り返る。
「ウォール!!」
突然緑の薄い壁が花畑の周囲に広がり、こちらに向かっていた虫型モンスターのバイトバグがその壁に弾かれる。
バイトバグはこの辺りに多く生息する虫型飛行モンスターで、年少クラスでも倒せるほどに弱い。しかし引率のSeeDとして子供達を守る任務があるセルフィ は、自分の持ったヌンチャクを軽く振ってバイトバグを落とした。リノアは周りを見渡すと他にモンスターがいないことを確認してセルフィに手を振る。セル フィはヌンチャクを腰の専用ホルダーにしまうと、リノアに走り寄る。
「ありがとう。」
「いやいや〜。」
リノアのしている花の冠を突ついて微笑んだ後、セルフィは座って自分も編み始めた。子供達はまじまじとその作業を見ている。リノアはふと思い当たることが 合って、セルフィに聞いた。
「ね、さっきのウォールっていう魔法は何?」
ガーデンに住まうに当たって様々な戦闘を学んだリノアは、魔法書にも載っていなかったと思われるセルフィの魔法について問う。セルフィはもう冠を半分ほど 編み終え、形を整え直し始めた。
「ああ、あれね。私の得意技で、古代魔法がいくつか使えるの。」
セルフィは、今はもう使うことができる人間が少ない古代魔法を幼い頃から使えたという。小さな雲が少し太陽を影らした。しかしまた雲が通り過ぎれば、輝く 陽光がリノアの顔を照らす。
「でもあんまり頻繁には無理なんだ〜。キスティスも青魔法っていうモンスターだけが使える魔法や特殊能力が使えるんやけど、それも 頻繁には無理。威力は強 いけど、制御する体力がもたないの。さっきは間に合わないかな、って思ったから思わず使っちゃった。」
編み上がった冠を自分の頭に乗せてセルフィが照れ臭そうに笑う。
アーウ゛ァインは戻ってきた途端に子供達にもみくちゃにされている。スコールはまた仰向けになって寝に入っていた。
「何か話した?」
「多少はね。そっちは?」
「話したよ。イチャイチャした。」
リノアが笑う。柔らかい風が頬を撫でる。セルフィは、いつかこの気持ちの良い風の中でリノアの翼が見たいと思った。小さいけれど白 く美しい翼を。
最近リノアは翼を見せてくれないけれど、そこに確かに存在していると思うとセルフィは安心した。
なんでもないような穏やかな空気の中では、儚い願い事も叶いそうな気がする。
セルフィは自分の好きな黄色い花を多く編み込んだ冠を、空にかざしてもう一度願った。ここに天使がいるなら、いるかもしれない神様に花輪を捧げて。