あいつの声だ。笑ってる。楽しそうだ。
どうしてなんだ。
神様はいつも君を見てる 〜暗闇〜
「私も行く。」
リノアに関する研究は全く進んでいなかった。解明の糸口さえも掴めないままだ。リノアが生まれてから半年ほど経った頃、ガル バディア政府の命で「名も無き王の墓」の研究をしようとしたグループの人間が洞窟入り口で変死体となって発見された。この不気味な現象にガルバディア政府 は焦っている。それもそのはず、死体は人間の力では考えられないほどの力で折り曲げられ、人間としての原型をとどめていなかったからだ。
「危険過ぎるわ、駄目よ。」「お願い!危険なのは分かってるの!!」
今回、危険度から破格の以来料で請け負った任務はガルバディア政府からの洞窟調査だ。テレビでは連日洞窟の事件が報道されていたし、ガーデン側も学園長の 読みで依頼が来るだろうと予測はしていた。相手が人間ならば戦い様もあるだろうが、今その洞窟内でまともに戦えるとなればそれはGFを使うことができ、戦 闘のスペシャリストであるSeeDだけだ。ガーデン教員達の会議の結果、選ばれたメンバーは以下の通りだ。
A班 アーウ゛ァイン=キニアスアリシア=バートン
スコール=レオンハート
ビリー=マクスウェル(班長)
レナード=バウアー
B班 キスティス=トゥリープ(班長)
キルシェン=プッペ
ゼル=ディン
ドレイゴ=ジン
ヤン=パク
「だって、私が生まれた卵はその洞窟にあったんでしょ?私が何か力になれるかもしれないじゃない。」
キスティスは視線を鋭くすると、手に持っていた書類を机の上においた。書類が夜間用の卓上電灯のぼんやりとした明かりに照らされる。
「これはガーデンに入った依頼なの。仕事なのよ。ガーデンの面子もかかってくるような、そんな大仕事なの。」
薄い紅のさされた薄い唇が静かに、しかしはっきりと言う。リノアは唇を噛み締めて頭を垂れた。
「邪魔になるかな。」「何よりスコールが許さないわよ、きっと。」
リノアはそれでも拳を固く握り締めて諦めきれない様子だ。
「みんな死んじゃうかもしれない。私が役に立てれるかもしれないもの!役に立たなかったら、私のことを放っておいてもかまわないから!」
キスティスは困ったように微笑んだ。そのまま頬杖をつき、小さく息をはく。
「そんなこと無理よ。みんなあなたが任務よりも大切なんだから。きっと自分の命だって投げ出してあなたを守るわ。もちろん私も含めてね。」
リノアは下を向いたまま首を静かに横に振ると、翼を出した。キスティスの部屋の床に、小さな白い羽の一本が落ちる。キャミソールをおしのけ、翼が広がる。
「何よりこれが、私が行かなきゃいけない理由なの。」
リノアの翼は以前と違っていた。リノアは強い意思を秘めた瞳でキスティスを見つめる。セルフィがリノアが翼を見せてくれないと言っていたのは何時のことだっただろうか、キスティスは呆然とした頭で考える。
リノアの翼は僅かな純白の羽を残し、荒い骨組みの黒い翼に変わっていた。
「よぉ、ヤッパ君。」
後ろからかけられた声に、ヤン=パクはうんざりした顔になって振り向く。
「レナード、お前は何しに行く気なんだよ。」「ん?訳の解らん化け物退治。」
レナードが即答した答えにまた呆れたように溜め息をはき、ヤンはもう一度作業に戻る。名も無き王の墓へのガーデンからの調査団が派遣されるのは明日の早朝 だ。ヤンは自分の得物であるトンファーの調整をしていた。
「リノア・・・来るらしいな。」
レナードが静かに呟く。ヤンはトンファーを持った右手を軽く振る。鋭く風を切る音。
「ああ・・・邪魔にならないといいな。」
ヤンの言葉にレナードが笑う。今度は左を軽く振る。力を入れて柄を握れば先端から飛び出したのは鉄の棘だった。レナードは口笛を吹く。
「本気使用だな。」
「当たり前だ。お前だって気付いてるんだろうが、この雰囲気に。」
任務前は誰しもその任務の内容によって、違う空気を感じ取る。
SeeDとして厳しい訓練を積んだ彼等は、身に迫る危険をその空気で感じ取らねばならないからだ。
「誰か、死ぬかな。」
異常な程に張り詰めた空気が死を匂わせるのを誰しもが感じている。
「自分、だといいがな。」
ヤンが静かに笑った。
「止めたって駄目よ。」
「あんた、馬鹿だろ。」
スコールの部屋で、リノアは真正面からスコールを見つめていた。閉めきった窓から強い夏の日差しが差し込む。冷房が程良く効いた部屋で、二人は向かい合っ ていた。
「俺が許すと思ったのか?」「思わないよ。だから秘密にしてたの。」
出発は明日だ。キスティスと学園長、ドクターカドワキにだけ翼の秘密を打ち明けた。スコールには言えない。言えるはずがない。
リノアはこの調査を終えたら、自ら命を絶つつもりだった。何も出来ずに死ぬのは嫌だったから「何か」することにした。出来れば誰にも迷惑はかけたくは無 かったが、自分に関わることに携わるには時間が無かった。きっともう翼は黒くなりきるだろう。
スコールの側にいたかった。ずっと側にいたかった。しかし嫌な予感は消えない。この翼が本当に黒一色になったとき、自分は自分でいられるのか。リノアは不 安だった。
「どうしてだ。心配しなくても、みんなきっと無事で帰ってくる。」
スコールは自分がメンバーに入っていることを黙っていた。リノアを余計に心配させるだけだ。しかしリノアは怒った様にスコールを強い眼差しで見る。
「スコールだってメンバーに入ってるんでしょ?もうキスティスに関連書類も貰ったの!」
スコールは額を押さえて溜め息をつく。リノアはあくまで行く意思を崩さない。
「あんたが来たら邪魔になる。」
リノアはその言葉に一瞬唇を噛み締めて黙る。スコールが手にもったマグカップからコーヒーの最後の一口を飲みした。
「遊びじゃないの。」
リノアが小さく呟く。スコールはマグカップを机の上に置いた。
「これが、最後なの。」「何の話だ?」
リノアは必死な目でスコールを見つめる。スコールはいつも暖かみで満ちていた彼女の黒い瞳が、青い炎のように静かに激しく燃えているように思えた。
「学園長も許可したもん。私が行くことを知っているのは調査団のメンバーだけ。」
学園長の決定には従わねばならない。
彼が誰よりガーデンの子供達のことを案じていることは分かっているが、リノアの同行を許す彼の意図が分からない。何にせよ彼は彼女を守ると誓っていた。リ ノアに危険が及ばないに越したことは無いから止めはしたものの、彼女の意思が変わらないことをスコールは分かっていた。
「分かった。あんたは俺の側から離れるな。」
スコールの言葉にリノアは泣き出しそうな程の胸の高鳴りを覚え、彼女の生涯でたった一度だけスコールに許されなかった嘘をついた。
「離れないよ。」
翌朝、まだ朝日も登りきらない時間帯にガーデンの調査団一行は「名も無き王の墓」へ通づる洞窟の入り口にいた。
小さな花が備えられ、研究員の死を静かに弔っている。皆が自然と彼のために神に祈りを捧げた。
「行くぞ。」
A班班長のビリーが落ち着いた声で調査開始の合図をした。
「セルフィ、泣いた?」
洞窟に入って五分、最初の地質サンプルを採取し、地下水の有無とその水質、空気中の魔力の濃度を調査している時だった。リノアは一人一人の健康状態をよく 確かめながら、水質調査が終ったらしいアーウ゛ァインに近付く。
「・・・きっと、泣いてたよ。」「きっと?」
リノアの問いに彼は苦笑して続ける。
「セフィは素直じゃなくてね。休暇中なのに出発前の見送りもしてくれなかったな。」
それはリノアも知っていた。彼女の存在感なら、来ていたらすぐに分かるだろう。
きっと恋人が危険な任務に行くならば、彼女だって泣かずにはいられないはずだ。
「きっと部屋で僕のために一晩中泣いてくれてたんだろうな。きっと前の僕なら、彼女が来なかったから自信無くして今もボロボロだよ。」
軽く試験管を振れば、中の水は薬品と混ざって血のような赤色に染まった。リノアはその色を見て、背中に思わず戦慄が走る。
「でも今は彼女に愛されるために努力した僕を信じてるし、何より僕に好きだと言ってくれた彼女を信じてるからね。今はここから生きて帰ってセフィにただい まって言うことで頭が一杯さ〜。」
リノアはほっと力を抜き、試験管を受け取って専用ポーチに収める。すると向こうからキルシェンがリノアを呼んだ。
「リノアちゃ〜ん。こっちぃ。」「おい!声落とせよ!!」
「お前もだ。」
すかさず注意を促したゼルにドレイゴが後ろから蹴りを入れる。リノアは静かに歩み寄ると、地質サンプルを受け取ってポーチに入れた。
リノアがついていく名目として、学園長はリノアに調査サンプルを確実に持ち帰るための保険要員だとした。もし何者かが襲ってきたのなら、他の戦闘員が戦っ ている間にリノアだけは確実にサンプルを持ち帰る。一応リノアもGFの守護を受けているので、簡易魔法も使える状態だった。それでリノアが行く理由にはな らないが、メンバーはこの危険な任務の最中にも関わらずリノアの存在が周りの緊張を程よく緩和していることをありがたく思っていた。
「不気味なほどに何も感じないわね。魔力も、殺気も。」「そうね。まるで中に誘い込まれてるみたいで気持ち悪いわ。」
キスティスとアリシアはお互い得物である鞭を構えて周りを警戒している。反対側はレナードとゼルが守っているが、ゼルはこの任務に選ばれたときから目に見 えて緊張状態だったのでキスティスは少し不安だった。
「死んじゃったらどうしようかしら。最後に彼とえっちしてこればよかったかな?」
キスティスは苦笑してアリシアをちらりと見る。アリシアは小さく舌を出して悪戯っぽく微笑んだ。
「だって年頃なんだもん。」「はいはい。」
呆れたような返事をしたキスティスだったが、冗談めかした言葉の中に無事に帰れることを願っている彼女の本心が見えた気がした。
「第一回調査終了だ。」
ビリーが立ち上がって周りに告げると、スコールはリノアの様子を確かめた後に彼に続く。リノアはその視線に気付き、思わず笑顔になった。
「おい、絶対おかしいぜ。」
スコールとゼルがたどり着くには二時間かかった「名も無き王の墓」は、早々に目の前に現れた。あの時と変わらない、棺以外は何も無い部屋だ。
スコールは眉根を寄せてビリーを見る。洞窟に入ってから、まだ一時間ほどしかたっていない。ビリーも地図を見直すが、まだ道は遠く続くはずだった。盗賊の 捕獲隊メンバーのキスティスもあまりにも不可思議な出来事に当惑している。
「一体どういうこと?」
思わずポツリともらしたキスティスの小さな独り言の後に、見知らぬ声が続く。
「つまりはこういう事だぜ。」
一瞬、部屋が強い光に照らされて一同の目がくらむ。リノアはその光に含まれる強烈な魔力に、背中にある翼が強く鼓動し始めるのを感じた。
すぐに光が戻り、リノアは急いで辺りを見渡す。
「・・・ヤン!キルシェン!ドレイゴ!ビリー!アリシア!みんなどこ!?」
先ほどまで側にいたメンバーの五人が忽然と姿を消していた。リノアは嫌な汗がどっと吹き出るのを感じながら、必死に彼等の名を呼ぶ。
周りに残されたスコール、キスティス、ゼル、レナード、アーヴァインが素早く各々の戦闘スタイルをとった。王の棺の上に立つ、不遜な男に向けて。
「おいおい、殺しちゃいねぇぜ?入り口まで送ってやったんだ。」
金色の髪、金色の瞳、鍛え上げられたことが分かる大柄な体、白いローブに全身を包んだ男がそこには立っていた。
全体から漂うアナーキーなその男の雰囲気がその場の空気を圧倒する。彼は不愉快そうに歪んだ笑いを口許に浮かべて、また言葉を繋いだ。
「だが残念ながら、お前らは俺がこの場で殺す。」
そして彼の背後に広がったのは巨大な黒い翼だった。ゼルが特に大きく息を飲むのがキスティスには分かった。
「何者だ。」
スコールが静かに問う。
「俺の名か?冥土の土産にありがたく拝聴しやがれ。崇高なる魔の貴族の中の貴族、サイファー=アルマシー様だ。」
男は尊大に言い放った。