神様はいつも君を見てる 〜悪魔〜










薄暗い洞窟の中で双方の睨み合いが続き、棺の上に立ったサイファーはそれでも余裕ありげに笑っている。しかし彼はリノアを視界に入れると小さく舌打ちし た。リノアはビクリと体を震わせる。サイファーはそれに不愉快さを増したように乱暴にローブを翻し、下に飛び降りた。そのままリノアに右の指先を向ける。


「!?」

「いつまでそんなみっともない格好してるつもりなんだ。」


スコールはリノアをかばおうと駆け出したが一瞬遅く、サイファーの指先から放たれた閃光が確実にリノアを捕える。レナードはその光の中でリノアの体が反射 のように仰け反るのを見た。その不自然さに鳥肌が立ちながらも、彼女に駆け寄ったスコールの援護にいつでもまわれる様にその後に続く。



熱い

痛い

怖い




リノアの頭の中に白い火花が散る。


「きゃあああ!スコール!!」


リノアの黒い瞳に涙が溢れた。決して彼らに迷惑をかけまいと決めていたのに、叫びだしてしまった自分が心底恨めしかった。
背中の激しい痛みに一番恐れていた事態を確信して、激痛に耐えながらリノアは自分の体をかき抱いた。寂しくて、怖くて、消えてしまいそうだった。

スコールが光に包まれたリノアに駆け寄るが、すさまじい力で弾かれる。それを視界の端に捉えながら、キスティスとアーヴァイ ンがサイファーに向けて攻撃をしかけた。しかしアーヴァインの放った銃弾と、キスティスの放った鞭の鋭い打撃は突然現れた巨大な黒い塊に弾かれた。


「な、なんなんだよ。」


黒い塊はそのまま渦を巻くように回転した後、バキバキと音をたてて変形し始めた。
ゼルは目を見開き、それから目を離せずにいた。


断末魔の悲鳴をあげて、それは遂に姿を現す。
黒く醜い翼、悪意と憎悪に濁った瞳。
それは幼い頃に絵本で見た、人を喰うという悪魔そのものだった。


「ディアボロスだ。話にゃ聞いたことあんだろ?」


サイファーは喉の奥でクツクツと笑いながらゼルを見やる。ゼルは真っ青な顔をしていたが、それでも逆にサイファーを睨み上げた。


「リノアに何したんだ!?」


しかしその問いに答えたのはサイファーではなく、ディアボロスと呼ばれた悪魔だった。開いた口からは赤黒い液体がボタボタと音をたてて零れ落ちる。


「ケガラワジ、ズカダ・・・ナオ゛ズダゲ。」


そういうや否や、鋭い爪をゼルに向けて振り下ろす。そのスピードにゼルは咄嗟に動けず、無抵抗な体を今にもその爪に貫かれんとしていた。
しかしその直前に青い火花が散り、スコールのガンブレードがそれを受け止めた。


「呆けていると死ぬぞ!!」


ゼルは弾かれたように身を翻し、ディアボロスの腕にホーリーを放つ。悪魔なら聖属性に弱いはずだ。


「グアアアアア!!」


肉の腐る音がして、ディアボロスが呻いた。ゼルは青い顔のままだったが、戦う意思がビリビリと感じられる程にしっかりした顔になっている。


「悪ィ!ここは俺がやる!スコールはリノアを!!」


スコールは一旦ガンブレードでディアボロスの爪を勢いよく弾くと、小さく頷いてもう一度リノアに向かって走った。


「おっと・・・そうはいかねぇぜ。」


しかしその前にサイファーが立ち塞がった。キスティスとアーヴァインは、ゼルと協力してディアボロスに聖属性の攻撃を続けている。


「なあ、お前リノアの何なんだよ。お前が一番こいつに思い入れがあるみたいなんだが、どうなんだ?」


光に包まれるリノアを顎でしゃくりながら聞いたサイファーの問いに、スコールは短く返す。


「あんたに言う必要は無い。」


白いローブを翻すと、サイファーは楽しそうに笑って手に何かを出現させた。

ガンブレードだ。

スコールとはまた違ったタイプで、幾等か細身の銀の刀身だった。


「まあ、じっくり聞き出そうか。久しぶりだぜ。これで戦える日がまた来るなんてなぁ。」


サイファーは間髪入れずに早い剣撃をスコールに浴びせる。スコールは歯をくいしばってそれを受けた。


「レナード!?」


キスティスが叫んだ。
レナードが後ろからサイファーに切りかかったが、ディアボロスの高等禁断魔法グラビジャが彼に向かって放たれた。
凄まじい重力が彼の骨や内蔵を押し潰そうとのしかかる。


「シェル!」


すんでのところでスコールがシェルを放ち、魔法の威力を半分にまで減らした。しかしそれでもその威力は絶大で、レナードは苦しげにうめくと気を失った。研 究員を襲ったのはこの魔法だろうことは見当が付いた。サイファーは顔をしかめてレナードを見た後、大声で言い放つ。


「卑怯者には当然の報いだ!!」


ゼルが魔法の使用によりできた僅かな隙に、ディアボロスの腹部に渾身の拳を叩き込む。アーヴァインは右目を、キスティスは左目を狙った。プロテスがかかっ ているのか、ゼルとキスティスの打撃は弾かれたが、アーヴァインの銃弾は防護魔法の抵抗に負けずに確かに狙いを貫いた。

聞くに耐えないような凄惨な断末魔をあげながら、ディアボロスが悶える。銃弾はディアボロスの眼球を貫通し、人間でいえば脳 まで侵入した様に見えた。


「ガカ・・・ギャアアアアア!!!」


顔面からおびただしい量の黒い血液をながしながら、ディアボロスが固い地面に倒れ付した。キスティスが素早く守護を解除する魔法デスペルを放つ。
ディアボロスはまだ見える右目で自分に飛び掛るゼルの姿を見た。


「行くぜ!ディファレントビート!!」


骨が砕ける音と供にディアボロスは激しく喀血し、完全に戦闘不能になった。サイファーはスコールの斬撃を受け流しながら、それを横目で見る。
ディアボロスの様子を見てサイファーは舌打ちをするが、リノアを包む光の波動が変化したことを認めてスコールのガンブレードを力を込めてなぎ払った。


「ハッ!なかなかやるようだな。もっと遊びたいところだが、とりあえず一時休戦だぜ。」


そのままサイファーは後ろに飛んで、光に包まれたままのリノアに近付く。キスティスが鞭を構えて叫んだ。


「リノアに近寄らないで!」


ゼルとアーヴァインがサイファーを囲んで、臨戦体制をとる。スコールはサイファーを睨み上げたままガンブレードを構え直した。


「焦んじゃねぇよ。さあオヒメサマが起きる時間だぜ!ハハハハ!!」


光がリノアに向かって集中し、そのまま彼女に吸い込まれた。サイファーがリノアの様子を見た後、笑いながら周囲の反応を確かめる。

そこに確かにリノアはいた。
スコールと出会ったあの時と同じ、白いワンピース、黒い髪、黒い瞳でただスコールをじっと見ている。










「・・・見ないでぇ。」


リノアの背中からは、巨大な黒い翼が突き出していた。小さな小さな声で、リノアは呟いた。









「紹介がまだだったな!俺の可愛い妹のリノアだ。随分こいつに愛情をかけてくれたようだな。立派に育ったもんだぜ!!その点 は感謝してるんだぜ?」


サイファーはリノアを無理に抱き寄せる。リノアは小さく震えたまま、動けないでいた。


「俺達の種族はな、悪魔の中でも最高の血統なんだ。ただ一つ面倒くせぇことに、生まれてからしばらくの間は下等種族共の生気をすわねぇと死んじまうってこ とだ。俺はここでリノアを守るためにたまごを守っていた。生まれた後は適当に攫って来た人間を餌にしようと思ってな。だが、たまたまある日やってきた人間 とリノアの波長があっちまった。たまごが見えちまったんだよ。」


忌々しげにスコールを指差す。


「そこのお前だ!」


怒りを込めた視線でサイファーがスコールを睨む。リノアはビクリと体を震わせると、スコールの方を見ないようにうつむいた。


「そしたら、あー・・・なんだぁ?そこのチキン野郎にまで見えちまってなあ。そして不用意にもリノアのたまごに触れたそこの馬鹿とリノアは契約しちまっ た。」


サイファーは苦々しげに言う。キスティスは震えているリノアを見つめながら問う。


「契約とは、何なの?」

「そいつとリノアの腕にある痣だ。人間がたまごに触れるとな、そのたまごから生まれた悪魔はそいつの心をより強く魅了するん だよ。その証だ。俺達の存在を下等生物にあまり知られ過ぎないために、確実にその人間を殺さなくちゃいけねぇ掟なんだ。人間が悪魔に思いをよせれば話はよ り楽だからな。お前らは「スキナヒトトイッショニイタイ」んだろう?俺達が人間から一度に喰える生気の絶対量は決まっているからな。もう少し成長したなら リノアも本能に従ってお前を殺したさ。つまりはリノア、お前のあいつへの気持ちだって所詮食糧への依存なんだぜ?」


「!?・・・嫌!違う!!」


リノアはサイファーの言葉に息を飲み、腕の中でもがき始めた。しかしサイファーはいとも容易くそのか細い両腕を封じると、リノアの耳元に囁いた。


「なぁ、お前のその気持ちは恋じゃねぇんだ。悪魔としての本能なんだよ。愛されて嬉しかったか
幸せだったか?




俺達にはな、餌の心を引き付ける魅了の能力があるんだ。こいつらも、もちろんあいつもそれに引かれたんだぜ。」


蒼白な顔をして、リノアは話を聞くまいと耳を塞ぐ。




あれが、あの思いが偽物だなんて。

みんなの笑顔が。

あの涙が。

彼の言葉が。

信じたくない。

あれが全部自分が生んだ嘘なんて。

背中から激しい痛みを伴って生えた翼は悪い夢だ。

早く覚めて。早く。

いつものベッドで、不安はあるけど穏やかな朝を。





「人間共の心の動きを少しだが掴める能力もあるんだぜ。どうだ?思い当たることねぇか?嫉妬や、畏怖や憎悪を感じたろ?」


キスティスは口許を抑えて、叫び出しそうなの堪える。ゼルはアーヴァインと供にレ ナードの容態を確認していたが、サイファーの言葉に激しく動揺した。
しばらく黙って聞いていたスコールが、ガンブレードをサイファーに向け直す。


「俺達の……リノアの気持ちをあんたが勝手に語るな!!」


ビリビリとした一触即発の空気が周囲を取り巻き、リノアはただ更に肩を震わせる。先ほどまで涼しげだった洞窟内が、内情のせいか蒸せるような熱さに感じら れた。
サイファーはせせら笑いながらリノアに囁く。


「ああ、あいつ怖いよなぁ。あの時守ってやれなくってごめんな。あの日は新月で力が出なかったんだよ。古き貴き悪魔は純粋だから月の影響を受け易いんだ。 でも、もう大丈夫だぜ?兄さんがいるんだからな。」


サイファーは視線を鋭くしてスコール達を見やる。そしてリノアを抱いたまままた右手を静かに彼等に向けた。


「もっと遊びたかったが、リノアがこんなに怖がってんだ。席を外して貰おう!永遠にな!」


リノアはその言葉を聞くと顔を上げてサイファーの腕から逃れようまた暴れ始めた。


「嫌!?何するの!」

「お前がたぶらかしたあいつらを俺が始末してやるんだよ。ここに残したのは特にお前への思いが強いヤツラだ。俺だって下等種 族の血で俺様の腕を汚したくはないから最小限なんだぜ?ありがてぇだろ。さあ、お別れだ。」


その言葉を言い終わらない内にサイファーはパチンと指を鳴らした。すさまじい揺れの地震が突然起こる。地震を起こす魔法、クエイクよりも数倍強い揺れだっ た。


「くそ!!ここは洞窟だぞ!」


予想できる事態に、ゼルが足に力を込めて立ち上がる。しかし激しい揺れに立っているだけでも精一杯だ。
スコール達は倒れているレナードになんとか駆け寄り、一旦集合する。


「どうすれば……。」


狙い合わせた様に彼等の上に落盤が起こる。


リノアの翼に残ったと思われる小さな白い羽根が硬い地面に落ちた。









15 〜生命〜