神様はいつも君を見てる 〜生命〜
セルフィは突っ伏していたベッドから起き上がった。枕には真新しい涙の跡が残されている。アーヴァインが危険な任務に携わると聞いて、すぐに例の洞窟調査 だと思い立った。任務当事者だけが知ることができる詳しい内容は分からなかったし、アーヴァインがその任務につくとは限らなかったが不安は消えない。今ま では必死に彼に引かれる心を押さえ付けていたが、まだ何も見えない未来より今を大切にしようと思った今も胸は痛い。これはそのための苦しみだ。アーヴァインの無事を願うことも出来なかった弱い自分と別離した証拠なのだ。
今はただ彼の無事を祈って泣こうそう思って部屋に篭っていた。泣けば泣くほど嫌な考えが頭に浮かぶが、きっと無事に帰っ てきてくれるという確信はある。
(アーヴィンは必ず帰るよってうちに言った。)
セルフィには彼の言葉を信じない理由は無い。突如、白い羽が頭に浮かんだ。そしてそれが血にまみれて地に落ちた。セルフィは体を震わせて勢いよく起き上がる。
「リノ、ア・・・?」
胸に浮かんだ嫌な予感を振り切るように頭を振る。しかし鼓動を早めた心臓はまだ落ち着かない。
そのまま部屋を飛び出し、保険室への道を急ぐ。教師の注意する声には目もくれずにセルフィは必死に走った。
「ドクターカドワキ!リノアは!?」
ちょうど実習で軽く負傷した年少クラスの子供の手当てをしていたカドワキは、突然駆け込んできたセルフィに驚いて手を止めた。少し待つように小さくセル フィに言うと、カドワキは手早く子供の手当てを終えて教室に帰るように言った。そしてまだ入り口の前で息も荒く立ち尽くしているセルフィに手招きをして、 デスクワーク専用の小さな部屋に彼女を招いた。セルフィは促されたままに小さな椅子に座り、飲んで落ち着くようにと渡された暖かいココアを一口飲む。
「リノアはね」「任務に、同行したんですね。」
セルフィはココアの表面に渦巻く模様を見つめながら言った。カドワキは頷く。セルフィがやっぱりと息をつき、白いマグカップを持つ手が微かに震えた。
「何が……何がいけなかったのかなぁ?」「セルフィ。」
「リノアは、何も悪いことしてないのに。天使なのに。…リノア、どうなっちゃうの?どうして、私はあそこにいないのか な。」
セルフィはリノアの、もう暴かれてしまった事実を知らない。しかし今回の任務にリノアが同行したことから、セルフィはきっと彼女の胸中に秘める思いに気付 いたのだろう。このままの生活に終止符を打つという彼女の重い決断に。
セルフィはマグカップを小さく横にかしげ、ココアの作ったカップの内側の跡を見つめる。頭の中をいろいろな思いが巡る。 最後に残った思いはひとつ。
リノア、なんで何も言ってくれなかったん?
カドワキはチャリッという音をたててデスクから小さな鍵を取り出した。可愛らしい猫のキーホルダーが揺れる。セルフィはそれを見て、そしてカドワキを見上 げた。カドワキはキーをもう一度、改めてセルフィの目の前で揺らした。
「行っておいで、親友を迎えに。自分で彼女の決断の結果を見に行きな。それとも黙って待ってるのがガーデン一のお祭り娘の流儀だったかい?」
セルフィははっと顔を上げるとすぐにカドワキの手からキーを受け取った。そして小さくありがとうございます、そう告げるとまたすごい速さで保健室から飛び 出して行く。ガーデンは丁度昼休みの時間に入り、中央玄関前は人でにぎわっていた。その中にいた年少クラスの子供達がセルフィに手を 振る。セルフィはそれに元気良く手を振り返すと、また走り出す。
(皆のセンセーはうちが迎えに行ったるでー!……ついでに、アーヴィンの様子も見て来ようっと。)
セルフィはカドワキ個人の持ち物である小型の車に乗り込むと、大陸横断鉄道のあるバラムの町に向かう。そこから電車を乗り継いでデリングシティーに行き、 レンタカーを借りて「名も無き王の墓」まで行くつもりだ。順調に行けば二時間ほどで着くだろう。セルフィはまだ、何も知らなかった。ただ今は未来を信じていた。
「きゃああああああ!!」
リノアは溢れる涙を拭おうともせず、落盤の真下にいる仲間達に向かってがむしゃらに手を伸ばす。サイファーはリノアの抵抗をなんなく抑えるが、少しだけ焦 りを感じていた。先ほどからリノアの翼に魔力が集中してきているのが感じたからだ。彼女の漆黒の翼の骨格一つ一つが強く鼓動する。キスティスの鞭がうなり、スコールのガンブレードが風を切る。小さな岩を弾き飛ばし、粉々に砕く。大きな岩はアーヴァイ ンが鉄甲弾で粉砕していく。ゼルは倒れたレナードに覆いかぶさり、一番重症な彼を守った。
「待ってろ!!すぐに助ける!」
スコールがガンブレードの柄で岩石を叩き落しながら、リノアに向けて呼びかけた。リノアがその言葉に小さく反応したのに気付いたサイファーがまた舌打ちを する。リノアはいくら爪をたてても傷ひとつつかないサイファーの腕にもう一度爪をたてた。
「嫌!!離して!スコール!!みんな!!」
声が枯れるほど叫び、血の滲むような言葉をリノアはもう一度言う。しかしもう一度大きな縦揺れが起こり、全員の足元を狂わせた。頭上には大きな一枚岩が傾ぐ。
「嫌―――――――――――!!」
その叫びの瞬間、リノアの黒い翼が赤く光り、サイファーがその余りの熱さに手を緩めた。リノアはサイファーの腕を振り払 う。
リノアはワンピースを翻して飛び、大きな一枚岩と仲間との間で停止した。
彼女はそのまま声を張り上げた。燃えるように熱い自分の翼の力を信じて。
「ウォール!!」
セルフィがピクニックの時に使用した古代防護魔法だ。しかしリノアの唱えたそれは彼女のものよりもずっと分厚く、頑丈だった。一枚岩はその透き通った緑の 壁に支えられ、パラパラと破片の落ちる音と供にそこに停止した。リノアはそのまま翼の上にできたバリアで岩を支えながら、スコール達に向かって叫ぶ。
「早、くぅ!!……そこから、どいてぇ…!!」「リノア!!」
彼女の食いしばった歯から細い息が苦しげに吐き出される。リノアの言葉を受けて彼らがすぐさまそこから飛びのく。ゼルがレナードを担ぎ出し、また床に寝か せる。彼女は安心したようにそれを見た後、スコールに向かって優しく微笑む。
そして緑の壁が、力尽きたリノアと同時に崩れ落ちた。
バキバキという音を立てて折れるリノアの翼。乾いた硬い地面に吸い込まれる真紅の液体。
「――――――――――!!!」
悲鳴は声にならない。
「リノア!」
サイファーが飛び、岩石に向かって衝撃波を放つ。しかし重量感のあるその岩はリノアを床に縫いとめつつあった。彼女の腕が力無く揺れる。スコールは声にならない叫びを上げながら、リノアを瓦礫の中から引き出した。彼女の白かったワンピースは試験管で見たあ の血の赤に染まり、元の純白の布地はもう見えない。
「リノア!」
スコールが血にまみれたリノアの体を抱きすくめながら声をかける。リノアの両の翼はひしゃげ、左翼に至ってはほとんどが千切れ、瓦礫の山の中に埋もれてい た。
「クソ馬鹿野郎!」
サイファーはスコールの腕に抱かれたまま虫の息を続けるリノアに駆け寄る。白く愛らしい顔にも赤い液体の飛沫が及び、悲しいことにより一層彼女の美しさを 引き立てていた。地震はいつの間にか止んでいたが、誰しも今はそのことに気付いてもいなかった。
キスティス、アーヴァイン、ゼルもリノアの元に集まる。血に濡れて震えているリノアの頬にサイファーが同じく震える手で触ろうとした。スコールはより深く リノアを抱き込み、その手から彼女を守るようにして叫んだ。
「リノアに触るな!!」
しかし不意に彼の頬に暖かく柔らかな感触が伝えられ、彼はすぐにリノアに視線を向けた。リノアは手を伸ばしてスコールの頬に触れていた。
「無、事?みんな、ぁ」「駄目だ!喋るんじゃねぇ!」
「そうよ、大丈夫だから!守るどころか、守られちゃったわ。ねぇ?今度、埋め合わせを」
ゼルとキスティスがリノアの言葉を遮る。アーヴァインは震えていたが、いきなりサイファーに掴みかかった
「リノアは!僕の親友であり、僕の恋人の親友なんだ!!彼女が悪魔ならなんで僕等を助けるんだよ!?」
サイファーはその手を振り払い、同じくらい悲痛な叫びで返した。
「知るかよ!!だいたいお前等なんなんだ?リノアの翼は折れたんだぜ?魅了の力は翼に宿ってるんだ。どうしてまだリノアに構う!?それにな!翼は俺達の生 命力を蓄える器官でもあるんだだよ!それを傷つけ、失ったんだぞ!」
キスティスはその言葉を受け、リノアに声をかけるためにしゃがみこんでいた体を起こす。ゼルが回復魔法をかけ続けるが、出血は止まらない。リノアの全身は 徐々に色を無くしつつあった。キスティスはリノアの様子を唇を噛み締めて見つめた後、サイファーに問う。
「なら、どうやって生命力とやらをリノアに渡せばいいの?」「今、言っただろうが。翼が折れてんだよ。いくら注いでも貯めるとこがねぇ。翼の再生なんて並の量の生気じゃあ無理だ。 貴様等のに、例え俺のを合わせても足りねぇんだよ!」
スコールはリノアの顔にかかった血を拭う。リノアはそれを感じて弱々しく微笑んだ。助けられてばかりの自分が情けなくて、スコールはまたリノアの冷たくな りつつある体を抱き締めた。そして、以前にもこんなことがあったと思い出す。リノアを思い切り抱き締めていたあの時を。
「・・・キス、だな?」「!!?」
小さく呟いた言葉にサイファーが反応したのを見て、確信を得たスコールがサイファーを見る。
「キスには、魔力が宿っているんだな?」
サイファーはスコールを睨む。
「どうしてンなこと知ってやがる。」「答えろ!リノアはキスで助かるか!?」
スコールはもう意識も危ういリノアを強く抱く。キスティスはスコールの言葉を信じられない思いで聞きながら、リノアに声をかけ続けた。
「ああ。だがな、問題はリノアの気持ちだぜ?いくら波長があったといえど、リノアが・・・悪魔が人間に好意を抱いていない限りは・・・。」
キスティスはサイファーに詰め寄る。
「悪魔が好意を寄せている人間の生気は生命力が強いの?」「ああそうだ。前例があったかは知らねぇがそういう話だ。魔族は人間のように迷信を信じたりはしないから、本当なんだろ うな。」
サイファーは鼻で笑うとスコールを顎でしゃくった。
「だがそこの色気付いた兄ちゃんよォ。今リノアにキスしたら、死ぬぜ?さっきも言ったが並の量じゃリノアは助からねぇからな・・・。
意識を失った死にかけの悪魔にキスなんてしたら、死ぬのは当たり前だ。しかもリノアが助かるかも賭けだ。」
アーヴァインは脂汗の浮かんだリノアの額の髪を払い、熱を測る。おびただしい出血のために手足は冷たくなってしまったにも関わらず、彼女の額は燃えるよう に熱かった。山が近い、アーヴァインはそう小さく呟く。そしてその山をこのまま越えれば、リノアはもう二度と目覚めないだろう。
「リノアが死んだら、俺はもう貴様等を殺す理由は無い。どこへでも行きやがれ。」
サイファーは諦めたようにくるりと背を向けた。
「諦めるの!?妹でしょう!」「だったらお前等が助けてくれんのかよ!!」
間髪入れずに返ってくるサイファーの返事に、キスティスは思わず詰まるしかし静かな声がそれに答えた。
「やってみる。」
スコールがリノアの乱れた黒髪を直す。ついに意識を失ったリノアは、艶やかな唇から荒い息をはいてスコールにしがみついていた。
離さないでというように。
「・・・リノアがお前を好きだという、確証はあるのか?」
サイファーが振り返ってスコールを睨む。いい加減なことを行ったら即殺すという意思の目だ。
「リノアの言葉だ。」「嘘かもしれねぇぜ?」
キスティスとアーヴァインが顔を見合わせて頷き合う。
「嘘がつける子じゃないわ。自分の気持ちに関しては尚更ね。」「うん。」
ゼルがスコールの肩に軽く拳をぶつけて続ける。
「俺等のが付きあいは長いんだし、あいつ分かりやすいからな。」
スコールはリノアの顔を上向かせた。
サイファーは黒い翼を大きく広げる。スコールが横目にそれを見ると、肩をすくめてその目を見返した。
「俺様の妹に手ぇ出した責任、とって貰おうじゃねぇか。」
離れないと言ったリノアの嘘を怒らねばならない。
そのために自分もリノアも生きねばならない。
我侭だろうが何だろうが、いるかもしれない神に願わずにはいられなかった。
「天使」がいるなら形だけでも神様はいるかもしれない。
皆が泣く程心配したのだと言ったら、リノアはいつものように申し訳なさそうに笑って言うだろう。
ありがとう。
そしてリノアの唇はつむがれた。