さよなら、星座 三つ目












リノアは小さな 女の子に小さな花を渡した。


「募金ありがと うね。」


リノアの微笑み にその少女は満面の笑みで返すと花を持って母親のところへ駆けていく。母親 が少女の頭 を撫でながらリノアに軽く会釈し、そうして手を引い
て人混みの中に消えた。まだ暑さの 残る晩夏の昼間に、メインステージではサマーガーデンフェスタ二日目のメインイベン ト、「ガーデン納涼演芸大会inフェス
タ」の準備が行われている。リノアは様々な機材が運 ばれていくのを見ながら額の汗をぬぐった


「リノア〜結構集まったね。」

「お疲れ、ラ ラ。」


金髪で短く切っ た髪を揺らして近付いてきた友人に、リノアは腰のホルダーにつけていたペッ トボトルを放る。それを片 手でキャッチすると、小さく礼を言って彼
女はそれを煽った。先程まで氷入りの水に付けていただけ あって冷たい。喉に跡を残しそうなほどの冷たい水に爽快な気分を味わう。


「さて、休憩し てきなよ。交代の時間ですよ〜。」


募金をしてくれ た人たちに配る、小さいが美しい造花を彼女は手でもてあそぶ。リノアは彼女 が投げ返し たペットボトルを受け取ると、ポニーテールにした髪をほ
どいた。手櫛で粗方髪を整える。


「じゃあ私はキ スティスと遊んでるから、何かあったら放送とか使って呼んでね。」


リノアはララに 手を振ると、メインステージへと歩き出す。同じ時間に休憩を取ったキスティ スとフェス タを回る予定だったのだが、彼女の性格からいってきっと
まだステージ付近で仕事をして いるのだろう。セルフィは彼女らしくはしゃぎ回り、この暑い中で準備さえ楽しんでいる ようだ。遠くにいてもセルフィの声が聞こ
えてくる。リノアは思わず微笑んだ。




「リノアこっちよ


山間を流れる川 の様に涼やかで美しい声に視線を上げれば、キスティスが手を振っているのが 見えた。リ ノアはすぐさま彼女に駆け寄る。


「どう準備進んで る


リノアが問え ば、さも心外だと言うようにキスティスが答えた。


「あら、私が念 入りに計画したんだもの。当たり前だけど上々よ。」

「あははごめ〜ん。」


二人が笑いを噛み殺しきれずに無邪気に吹き出したのを見て、周りを歩く人達 が 微笑ましそうに一瞬見やる。キスティスは手に持っていた水風船をリノアに
渡すと、面白 そうに笑いながら言った。


「はい、王子様 からプレゼントよ。さっき来て、会ったら渡してくれですって。」

「う……子供 扱いするんだから。」


もう二十歳を向かえようとする自分に水風船とは何事かとリノアは一瞬頬を膨 らませるが、受けとる瞬間に黒 く大きな瞳が幸せそうに光った。キスティスは少
し染まった彼女の頬をつつくとからかう。


「ふふ王子様は私が期待したよりちゃんとお姫様を大事にしてるのね。」

「う〜ん、 でもまだまだ合格点はあげられないかな。」


そういうとリノ アは頬をつついているキスティスの手をとって歩き出した。キスティスは手を 握り返す。


「あら、厳しい こと。まあ確かにフェスタのラストナイトも仕事をいれちゃうような男だもの ね。」




「えー君の彼氏そんな男なの!?


突然かかってき た声にリノアは思わず振り返った。問題の声を発した男は、太陽の光りに髪をきらきらと 反射させながら笑って立って いる。このガーデン生
粋の美女である二人組に憶すること無く突然声をかけてきただけあ り、稀に見る美青年だ。リノアは目を合わせてしまったものの、どうしたものかと黙る。
キスティスは青年を見た後に大概の予想がついて溜め息をついた。


「ボランティア のブースに可愛い子がいるって聞いたから見てたんだ。そっちのコもすっごく 綺麗だね。 俺と、俺の友達と四人でどっか行かない


思った通りの流 れにキスティスは髪をかきあげ、穏やかに言う。


「悪いけれど今 日は二人で遊ぶ予定なのよ。」


リノアも横で頷 いて男から視線を外す。しかし彼女の視線の先にも人好きしそうな笑顔 の男が立っていた。金髪の男はリノアの目の前に立ちはだかった茶色
の髪の男を顎でしゃ くった。


「ほら、それが 男のダチ。」

「おいおい、そ れはねぇだろ。それにしても可愛いコと綺麗なコが二人だけで歩いてたら危ないよー。ボ ディーガードしてあげるから付き合ってよ。どうせ暇な
んでしょ


 リノアは最後の言葉に軽 く眉尻をあげると、キスティスの手と繋いでいない方の手を腰に当てて答える。その手の 中指にはゴムでできた輪が通され、スコー
ルからもらった赤い水風船が涼しげな音をたて て揺れている。


「生憎と二人で遊ぶか ら二人とも暇じゃないの。それに私も彼女もやきもちやきな恋人がいる から、見知らぬ男のコとは遊べないわ。」


しかし男達は今 だ楽しそうな表情を崩さなかった。周りを行く人々はこちらに視線をちらちら と投げるも のの、これといった言葉もかけず通りすぎていく。運悪く
ガーデン生は全く見当たらな かった。
彼女達の立場をよく知る彼等なら黙ってはいないだろう。何せこの二人は片や「有能 で美貌のガーデン指令官」の大切な恋人であり、彼女自身も美貌とその
人柄から人気者のリ ノア。片やガーデンが誇るガーデン一の才女であり、女神も膝まかずにはいられ ないほどの美 貌でありながら以前よりぐっと親しみ易く、よ
り魅力的にな
っ たキスティス。 そうして今は運よくここにいないが小動物的な愛らしさの美少女であり、 小柄ながら内 に秘めた人一倍の
パワーと元気で人を引き付けずにはいられないセル
フィ。 魔女戦争に おける英雄である彼女達に悪意やよこしまな気軽さをもって近付
いてはならない。ガーデ ン中の暗黙の了解も、やはり外部の人間には通じなかったようだ。


嘘 だぁそりゃ俺達だって君達みたいなコがハナから暇だなんて思わないけどさ。」

「そうさ。暇じゃなきゃあ君達みたいな美人がボラン ティアのブースにな んかにいないでしょ

!!?……本気で怒るわよ?人の趣味にケチつけるほど「礼儀があって趣味がいい人」とご一緒する気はない わ。」


リノアは細い指 先で下がった輪ゴムをもて遊ぶと表情が見えないほどにうつ向いた。愛らしい瞳が怒りでわなわなと震えている。キスティ スも憤慨し たように冷
たい表情で二人を交互に見た。


「そう怒らない でよ。怖いな〜。君みたいな子がやるんならボランティアもいいじゃん賛成だよ。ただ セントラの様に俺達の乾いた心も潤いがほしいだけ。」

「そうそう。」


キスティスはリ ノアの腕を引っ張り、もう無視していこうと促す。リノアも頷いて歩き出す が、無粋な手 がその華奢な肩にかかった。リノアは思わず震える。


「あなた、オイ タが過ぎると警備のSeeDを 呼ぶわよ。」


キスティスはそ の手を打ち払って言い放つ。これは効果があったようで男達は饒舌な口を一瞬 閉じた。


「行こうよ。」


リノアは男達の 方を見ないようにして歩き出す。しかしなまじ見た目が良いためにここまでの 振られ方は 計算に無かったのか、男達は眉を吊り上げた。


「おい、さっき から何なんだよ!」

「可愛いからっ てなめてんじゃねぇぞ!」


再び、今度はキ スティスの肩に乱暴に伸ばされた手は届くことはなかった。手を伸ばした金髪 の男は額を 抑えて蹲る。


「・・・ッ

!?どうした


それに答えたの は当の本人ではなく、前髪を鋭く立て た顔に大きな刺青のある青年だ。


「どーしたも こーしたもさぁ。あんたらが俺のツレに悪戯しようとするから軽くオシオキしただけだぜ

「ゼル

「いいところに 来たわね。」


リノアとキス ティスが微笑むと、ゼルは笑顔で彼女達に手を振った。茶髪の男はゼルを上げて怒号を飛 ばす。


「おめぇ俺のダチに一体何しやがったんだ


ゼルは肩を回し てパキパキと音を立てる。小柄ながら鍛え上げられているゼルの体を見て、男 は少し後 ずさりした。


「だからオシオ キだっつーの。」

「もしかして、 お前SeeDなのか


祭に参加してい る正SeeD達は私服が義務付けられている。こ の機にガーデ ンの内情を探ろうとする者もいるかも知れず細心の警備が行われているが、
加えて正SeeDの顔が割れては今後の任務に支障をきたす場合も考えうる。一般客に溶け込みなが ら、 警備を怠らない。それが今回警備の任務に当て
られたSeeDの最重要項なのだ。


「ん俺も彼女達も一般参加者だってーの。」


しかしゼルのこ とだ。助けて貰っておいて何だが、リノアとキスティスは何時ゼルがボロを出 してしまう か気が気ではなかった。


「なめんじゃ ねぇ


金髪の男が立ち 上がり様にリノアに手を伸ばす。弱い者からということか、この中では一番小 柄なリノア に一糸報いようといった意かも しれなかった。ゼル
に注意が行きすぎていたリノアは無防備に立ち、ただ伸ばされる腕に 目を大きく見開いた。例えどのような過酷な戦闘を経験しようと、無防備な自分に乱
暴に 振れようとしてくるものには脅えずにはいられない。ゼルは反応しかけたが、次の瞬間には額に汗をにじませて苦笑いする。


「きゃ・・・!!

「・・・何をし ている。」


静かで低い声が 落とされる。伸ばされた男の腕は一瞬空を切り、次の瞬間何者かに捻り上げられた。リノ アの後ろにはいつの間にか、眉間に斜めの刀傷
のある美貌の青年が不機嫌そうに眉根を寄 せて立っていた。彼をよく知る者ならば、そのあまり変わらない表情からも彼の相当な怒 りのオーラが感じら れ
るだろう。


「痛ぇ離せ


茶髪の男が応戦 しようとスコールに向かうが、ゼルがその肩に手をおいて止める。空気に合わないその ゆっくりとした動作に一瞬不意を突かれると、男は
無防備に振り返った。ゼルがその額に向 け、指のパチンコを作る


「今日は祭だぜ粋の感じられねぇ無粋な男の参加は困るな。」


そういうとゼル は彼の額に向けて強烈な打撃を放った。いわゆる、デコピンだ。男は鍛え上げられた肉体 のゼルのデコピンにぐうの音も出ずに失神し、地面
に転がろうとしていたがスコールが片 手で支える。未だ腕を捻り上げられている金髪の男は、先程自分を襲ったそれよりも 数倍強いと思われるデコピンに蒼
白になった。その様子を見てキスティスは胸を撫で下ろ す。


「終った…… わね。」

「二人ともあり がとうね。」


リノアはとりあ えず礼を言うと、救護班に端末から連絡をいれる。通信内容は、日射病によって二名が貧 血状態であり、一名は倒れた拍子に額を強打してい
るが命に別状はない、ということだっ た。スコールが最後に腕を強く掴むと、間接を外して気絶させる前に金髪の男は意識を失った。





「スコール、各 所への指示の任務はどうしたの


キスティスは男 達を救護班に引き渡した後、この時間は任務中であったはずのスコールにそう 聞いた。彼は今 はモニター室にいるはずであり、問題があれば
随所に待機しているSeeDに連絡する任務な のだ。


「ニーダがガー デン納涼演芸大会に出るために、俺と任務時間を交代して欲しいと。」

「今年もニーダ はミスター隠し芸としてすっげーの見せてくれるらしいぜ。」


スコールはしど ろもどろに訳を話し始め、ゼルはニーダの隠し芸が楽しみらしくそわそわした 様子で付け 加える。キスティスは溜め息をついて首を振った。


「勝手な任務変 更は、非常時以外ご法度でしょう?」

「俺だってそう 言った。そうしたら……」


口ごもったス コールに、リノアは不思議そうに問う。至極真面目な性格の彼が勝手に任 務の変更をしたということがリノアには信じられなかった。


「いや、 いいんだ。規律を乱してしまったことには違いない。すまなかった。」


キスティスはも う一度溜め息をつくと、左手をひらひらと振って言う。


「助けて貰った ことだし今回だけ報告はしないわ。それでチャラよ。」


リノアはほっと 息をはき、スコールに明るい声で話しかけた。手にもったままの水風船の存在に改めて気 付いて自然と微笑む。


「ね、じゃあ今 日の夜は一緒にいられないけど今は一緒にいられるみんなで遊ぼうよ。」


リノアが悪戯っ ぽく笑って水風船を自分に向かって掲げるのにスコールは苦笑すると、水 風船をそっと受け取る。


「ああ、いいぞ。」


リノアがやっ た、と飛びはねると分かりやすい彼女の行動にゼルとキスティスが思わず噴き出した。


「よし、じゃあ 行くかまずは腹減ったから食べ物の屋台のある方へ

「そうくると 思ったわ。」


キスティスの一 言に、スコールは小さく、リノアは思い切り楽しそうに笑った。

 




「スコールは救 いのヒーローだね。」


「いや、そんな 柄じゃあない。俺には万人の声を聞くような力は残念ながら無いな。 俺がヒー ローだとしたら出来損ないだ。」


綿飴を片手に、 リノアは水風船をシャカシャカと振る。強い日差しに透けて見える中の水は少 しだけ温い。


「出来損ないの ヒーロー


ピンク色でふわ ふわした綿飴が、桜色の唇に包まれる。これじゃ共食いだ、と色気もない言葉 がスコール の脳裏に浮かんだ。
綿飴のように可愛いよ。これも駄目だ。これこそ柄じゃあない。リ ノアは嬉しそうに笑うだろうが、きっとなんだかしっくりは来ないだろう。作り置きし てそ
の場で暖めたような言葉ではすぐ冷めてしまう。彼女の心の 奥には響かない。ヒーローどころか恋人をうまく誉めることも出来ない自分に、スコール は
内心頭をかかえた。


「例え出来損な いでも、スコールに助けて欲しいな。だってスコール、万人は救えなくても目の前 の困ってる人は助けられるでしょ。」


こちらを見上げ て自分を信じきっている彼女を見返せば、出来損ないで良かったと生まれて始めての思い が頭をよぎる。何でも自分でできるようになると
いう幼い日の誓いは今も変わってはいないが、隣にリノアがいてほしいという人に頼るような矛盾した願いだって持ってしまった。


「出来損ないの ヒーローさん、いつも私のピンチに助けに来てくれてありがとうね。」


別にヒーローに なりたかったわけじゃあないが、 何にせよ出来損ないとは酷いじゃないか。
リノアがいつも自分の心を縛っ
ているから、遠 くまで心が飛ばせないんだ。
あんたのせいなんだからな。


「おーい!行く ぞ!」

「二人とも、ゼ ルに全部食べられちゃうわよ!」


ゼルとキスティ スの呼ぶ声が意識を引き戻し、スコールは彼らに視線を移した。隣でリノアが応えて駆け出す。スコールはそれを追いながら、彼女の手の
先に揺れる自分のやった水風船を見た。そうだ、あの水風船のように。いつだって彼女の手の先で自分は踊っているのだから。



任務時間交代を頑として断っていたスコールが驚くニーダを横目に思わずモニター室を飛び出したのは、会場にあった監視カメラに移ったもののせいだった。
友人のピンチを目にし、怯えた彼女 の唇が紡いだ助けを求めるヒーローの名が、出来損ないのヒーローの名だったから。









四つ目